tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『愚行録』貫井徳郎

愚行録 (創元推理文庫)

愚行録 (創元推理文庫)


ええ、はい。あの事件のことでしょ?―幸せを絵に描いたような家族に、突如として訪れた悲劇。深夜、家に忍び込んだ何者かによって、一家四人が惨殺された。隣人、友人らが語る数多のエピソードを通して浮かび上がる、「事件」と「被害者」。理想の家族に見えた彼らは、一体なぜ殺されたのか。確かな筆致と構成で描かれた傑作。『慟哭』『プリズム』に続く、貫井徳郎第三の衝撃。

うっわ、きっつ〜。
貫井徳郎さんの作品は後味の悪い作品が多いですが、この作品はその中でも群を抜いて読後感が悪いかも。
これはきついわ。


田向(たこう)家という、エリート美男美女夫婦ときちんとしつけられたお行儀のよい子ども2人という、見るからに理想的な一家が惨殺された事件について、近所の人、夫婦それぞれの友人や同窓生といった関係者がインタビューに応えて話したことの記録という体裁をとった作品です。
宮部みゆきさんや恩田陸さんも同様の形式の作品を書かれているので、体裁としては別に目新しいものではないのですが、この作品は特にインタビュー形式を上手く利用した作品になっていると思いました。
はじめのうちは理想的ですばらしい一家…というよりは夫婦に思われた田向夫妻。
ですがインタビューでさまざまな関係者が夫妻について語るうちに、徐々に夫妻の本当の人となりが浮かび上がってきます。
若い頃には誰でも多少の愚かなことはやっているものでしょうが、田向夫妻がやってきたことは度を越しています。
中には愚行という言葉だけでは決して片付けられない、犯罪ものの悪行もあるのです。
人は見た目で判断してはいけない…というのかなんというのか。
読んでいるうちにだんだんと田向夫妻への嫌悪感は増していきます。


そしてその一方、インタビューに答えている人たちの愚かさまでもがあらわになっていくのがこの作品のすごいところです。
一番最初に登場する、好奇心旺盛な噂好きの近所のオバさんレベルならまだ可愛いものですが、田向夫妻について語る言葉の端々に自己擁護や高慢さや視野狭窄などが透けて見えるのです。
人間は自分について語るときより、他者について語るときの方が自己をさらけだすものだと言われますが、全くそのとおりです。
とにかく人間が持つさまざまな愚かさ、醜さ、残酷さが次々にあらわにされ、読んでいてぞっとします。
知らず知らずのうちに田向夫妻やインタビューに答えている人たちへの嫌悪感が募っていき、「田向夫妻もこれじゃあ誰かから恨みを買って殺されても仕方ないかも…」「そういう夫妻だけに周りの人たちもろくでもない人たちばっかりだな」なんて思うのですが、そこではたと気づかされるのです。
では自分自身はどうなのか、この人たちは本当に特に最悪な人たちなのだろうか、と。
私自身、自分可愛さに自分をいいように取り繕ったり、他者を自分の価値基準で判断して批判するようなことが全くないとは言い切れないのではないか。
読者自身も己の中の愚かさに気付かされる、それがこの作品の怖いところであり、嫌らしいところでもあります。


そうして読み進んだ後、最後の最後に明らかになる田向一家殺害事件の「真相」も、これまたぞっとするような嫌な結末でした。
なんというか、ここまで徹底して嫌な作品に仕立て上げるというのはお見事と言っていいかもしれません。
文章も構成も上手いので非常に読ませる作品ですが、とにかく読後感は最悪なので、精神状態が良好な時に読むのがよいかと思われます。
☆4つ。