tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『The Commoner』 John Burnham Schwartz


The Commoner: A Novel (Vintage Contemporaries)

The Commoner: A Novel (Vintage Contemporaries)


久々に洋書を読みました。
ジョン・バーナム・シュワルツさんの『The Commoner』(commonerは「平民」の意)。
定期購読している「ENGLISH JOURNAL」でシュワルツさんのインタビューを聴き、興味を持ったのがきっかけです。


この作品は、ハルコ(私は勝手に「春子」という漢字を当てはめて読んでいました)という名の一人の日本人女性が民間出身者として初の皇太子妃になるという物語です。
本の冒頭に作者からの言葉として「日本の皇室の歴史に基づいてはいるが、登場人物や出来事などは創作である」と書かれてはいますが、美智子皇后をモデルとし、かなり事実に近い形で描いた小説ではないかと思います。
フィクションでありながらノンフィクションのようにも読め、非常に面白かったです。
序盤からハルコが皇太子妃になる中盤あたりまでが特に面白く、一気に読めました。
戦前から始まって戦時中の疎開生活、戦後の復興の中でのハルコの少女時代などは、英語で書かれているということを忘れるくらいに情景がリアルに頭の中に浮かびました。
シュワルツさんは当時の日本の様子をかなりよく調べて書かれたのだと思います。
ハルコと皇太子との出会いもとても印象的に描かれており、2人が不器用に、でも少しずつ確実に心を通わせるようになっていく様子はなかなかにロマンティックでした。
また、皇族へ嫁ぐということに不安と恐怖を抱くハルコに対するハルコの両親の愛情の深さには感動し、ところどころ涙が出ました。
「娘を別の家庭に嫁にやるのは普通のことだが、別の世界に行かせるなど考えられない」「皇族の世界と我々平民の世界の間にはあまりにも深くて広すぎる河があって、ハルコにはその河を泳いで渡ることはできないだろう」などのハルコの父親の言葉には、何よりもまずハルコの幸せを第一に考える姿勢が表れていて、じーんとさせられました。
その後、マスコミを避けて外国へ逃れたハルコに届いた父親からの愛情あふれる手紙にも泣かされました。
それでもハルコは皇太子を守りたいと思い、自分自身も皇太子に愛され守られていると感じて、ついには結婚を決意します。
それぞれの人物の愛情が細やかに描かれ、とても感動的でした。


そしてその後ハルコは男の子と女の子を一人ずつ産みますが、育児のことで義母である皇后と意見が合わなかったり、皇居の外の世界と関わることができず孤独を感じたりして、ついには失語症を患います。
そうした苦労の果てに夫である皇太子が即位して天皇になり、ハルコも皇后になると、今度は皇太子妃として息子のもとに嫁いだ女性が皇族としての生活に適応できずに苦しむという問題に直面することになります。
この辺りはまさに今現在の皇室の状況をそのまま描いているようで、美智子さまや雅子さまを思い浮かべて胸が痛くなりながら読みました。
皇族が歩んできた長い長い歴史に比べて、平民から皇族へとある意味「昇格」した女性たちの歴史はまだまだ非常に短いものです。
皇族も、そうした女性たちも、お互いに手探りで結婚生活を営んできたのでしょう。
彼女たちを受け入れる側の皇族の方々はみな思慮深く心優しい方々なのだと思います。
2人の皇太子妃も、皇族の一員になれるよう精一杯の努力をしてこられたのだと思います。
結局誰のせいでもなくて、天皇制という制度自体が、今の時代に合わなくなってきているのかもしれません。
…とこう書くとお叱りを受けそうですが、これがこの作品を読んで感じた正直な感想です。
「開かれた皇室」を目指す方向性は間違っていないのでしょうが、さらにもう一歩踏み込んで現代の日本人の生き方やものの考え方にあわせていく必要があるのかもしれません。
そうした意味では、この作品の最後の「ありえない」展開は、これからの皇室が目指す方向を考える際に、一つの示唆を与えてくれるかもしれないと思いました。


細部では気になるところもありましたが、全体的にはとても面白い作品で、いまだに邦訳が出ていないのが不思議なくらいです。
…う〜ん、でも、題材的に難しいのかなぁ。
「ENGLISH JOURNAL」のインタビューではシュワルツさんは「宮内庁の人と何度か会って、作品について理解してもらえた」と話されていましたし、天皇制や皇族に対する批判を目的とした作品でないのは明らかですが、皇族にとっても日本国民にとってもかなり繊細な問題を扱っているので、今翻訳出版するのはセンセーショナルに過ぎるのかもしれません。
もう少し時が経って、今皇室が抱えているいろいろな問題が解決に向かう日が来たら…翻訳版で多くの日本人がこの作品を読めるようになることを願いたいです。
原書は、流れるような美しい文体で、英語も比較的平易で読みやすいので、英語が読める方はぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
☆4つ。