tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『そして名探偵は生まれた』歌野晶午

そして名探偵は生まれた (祥伝社文庫 う 2-3)

そして名探偵は生まれた (祥伝社文庫 う 2-3)


<“雪の山荘” “絶海の孤島” “曰くつきの館” 圧巻の密室トリックと驚愕の結末に瞠目せよ! ボーナス・トラック「夏の雪、冬のサンバ」を収録>


影浦逸水は、下世話な愚痴が玉に瑕だが、正真正銘の名探偵である。難事件解決のお礼に招かれた伊豆の山荘で、オーナーである新興企業の社長が殺された。雪の降る夜、外には足跡一つなく、現場は密室。この不可能犯罪を前に影浦の下す推理とは? しかし、事件は思わぬ展開に……。(「そして名探偵は生まれた」より)“雪の山荘”“孤島”など究極の密室プラスαの、ひと味違う本格推理の傑作!

歌野晶午さんのミステリ短編集です。
南海の孤島(無人島)、いわくありげな館、密室に雪の山荘と、本格ミステリでおなじみの要素をこれでもかとばかりに詰め込んでいて、非常に豪華な内容となっています。
『葉桜の季節に君を想うということ』『ジェシカが駆け抜けた七年間について』など、読者をあっと言わせる秀逸なトリックメーカーとして有名な歌野さんの作品だけあって、ボリュームには欠ける短編でありながらもそれなりに完成度が高く、楽しませてくれました。
最近は一時期よりミステリを読む割合が減っているのですが、やっぱり本格ミステリはいいな、面白いなと思えました。
では収録されている4作品それぞれの感想を。


●「そして名探偵は生まれた」
表題作ですね。
探偵小説に出てくる探偵そのものをネタにした、一種のメタミステリ的な部分がある作品です。
存在感たっぷりの私立探偵・影浦と、助手の武邑のコンビがいい味を出していて、小気味よくユーモアのある会話も楽しいです。
影浦が解決した事件の名前がいかにもミステリ小説っぽくてなんだか笑えます。
さらに、難解な事件を見事解決したにもかかわらず、その事件のことを本に書いて出版したら名誉毀損やプライバシーの侵害などで被害者からも加害者からも訴えられて、賠償金でジリ貧生活をしている探偵だという設定が皮肉っぽくてまた笑えます。
事件の舞台は雪の山荘、現場は密室と本格ミステリの雰囲気作りも完璧。
トリックも意外に大掛かりな仕掛けがあったりして十分楽しめました。
ラストのどんでん返しにも思わずニヤリとさせられます。


●「生存者、一名」
駅で爆弾テロ事件を起こしたとある宗教団体の関係者たちが、ほとぼりが冷めるまで南の海に浮かぶ無人島に身を隠すことになり、食料などを持ち込んでサバイバル生活を始めるが、やがて一人、また一人と殺されていき…。
絶海の孤島でのサバイバル生活、しかも非常に狭いクローズドサークル内の連続殺人事件という極限状態がスリル満点に描かれています。
最初は殺人事件の犯人が誰かというのが主題の作品なのかと思ったのですが、実際には最後に生き残るのは誰かというのが主題となっています。
そして、その問題の解答は作中にははっきりとは書かれていません。
ですが読者は作品中に提示されたいくつかの手がかりから、この事件の結末を推理することができます。
ただまぁ、作者としては明確な答えを用意していたわけではなく、「2通りの解釈が可能」といういわゆるリドルストーリーを狙ったのでしょうね。
私はいくつかの理由から、おそらく最後に残ったのは「あの人物」だと思うのですが…どうなんでしょうね。
すっきり答えが出るわけではありませんが、この短編集の中ではこの作品が一番面白かったです。


●「館という名の楽園で」
無類の探偵小説好きが高じて、本格ミステリに登場するような西洋風の、ちょっとした仕掛け有りの館を実際に建ててしまった男の話です。
しかもその館に大学時代の探偵小説同好会のメンバーを招いて、推理劇を演じたりもします。
本格ミステリといえばやっぱり館ですよね。
立派なお屋敷(でもちょっといわくありげ)に主人と奥さんと使用人たちが住んでいて、そこに一癖も二癖もある人々が集まってきて、でもって殺人事件が起こるんですよね。
定番ネタで、私ももちろんそういう設定は好きです。
ですがそれを実際に体験してみたいという気持ちにはならないな。
それでも館を建てて旧友を巻き込んで推理劇を行う主人公に全く感情移入ができないかというと、そうでもないのです。
登場人物の一人が主人公に対して「馬鹿馬鹿しい」という言葉を口にしますが、本格ミステリに心惹かれる人間が古今東西に大勢いる以上、実際に本格ミステリの舞台を自らの手で作ってしまおうと考える人がいても不思議ではないと、そう思うからです。
ラストは少し切なくて余韻が残りました。


●「夏の雪、冬のサンバ」
元は別のアンソロジーに収録されていた作品をボーナストラック的にこの短編集に再収録したもの。
舞台は下町のおんぼろアパートですが、設定の上手さで雪の山荘と同じような舞台を作り出しています。
事件の関係者がほぼ全員不法滞在の外国人ということで、警察を呼ばず(呼べず)に私立探偵に事件を解決してもらうという筋書きも自然に受け入れられます。
この作品の中で使われているトリックのうちの一つはどこかで見たことあるなぁ…と思ったのですが、解説によるとこの作品の方が先のようですね。
わりあい初期に書かれた作品ということなので、歌野さんの原点とも言える作品かもしれません。
最後のオチもきれいに決まっていてよかったです。


細かいところで突っ込みどころもあるでしょうが、全体的にレベルが高く、本格ミステリ好きなら楽しめること間違いなしのお得な短編集です。
☆4つ。