tontonの終わりなき旅

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『ラスト・イニング』あさのあつこ

ラスト・イニング (角川文庫)

ラスト・イニング (角川文庫)


新田東中と横手二中。運命の再試合の結末も語られた、ファン待望の一冊、ついに文庫化!高校生になって野球を辞めた瑞垣。巧との対決を決意し、推薦入学を辞退した門脇。野球を通じ日々あえぎながらも力強く変化してゆく少年たちの姿を描いた「ラスト・イニング」他、「空との約束」「炎陽の彼方から」を収録。永遠のベストセラー『バッテリー』を、シリーズ屈指の人気キャラクター・瑞垣の目を通して語った、彼らのその後の物語。

人気シリーズ『バッテリー』の後日譚が文庫化されました。
横手二中の選手、瑞垣の視点で、彼にとって中学時代最後の試合となった巧たちの新田東中との再試合の顛末と、その後高校へ進学した瑞垣と彼の幼なじみである天才バッター、門脇との微妙な関係が描かれます。
シリーズ全巻を読み、テレビドラマも映画も観てから何ヶ月か経ち、再び番外編の形で彼らと出会えてとても懐かしく思いました。
…っていうか瑞垣って「人気キャラクター」だったんだ!?(上記あらすじ参照)
まぁ確かに強烈な印象を残すキャラクターでしたけど。
私にとっては、巧にもイライラさせられたけれど、瑞垣もまたイライラさせられるキャラクターでした。
どこかひねくれたところとか、自分が何でも分かっている風な思い上がりとかがあるような気がしたんですよね。
でも、この番外編を読んで、私が思っていた以上に瑞垣は大人だったのかもしれないなと思いました。
幼なじみの門脇をはじめ、2度対戦しただけの巧や豪、そして周囲の大人たちをも、瑞垣は客観的な目で観察しています。
客観的だからこそ、反発を覚えることも多いのでしょう。
特に、門脇を天才と認めながらも、「門脇が敗北するところが見たい」という少し意地の悪い思いを抱いていたというところなんかは、瑞垣の観察力が優れているが故の苦悩なのではないかと思います。
事実を客観的に捉えるということと、その捉えた事実を心が受け入れるということは全く別のことなのだから。
豪が巧に抱いた思いと通じるところもあると思いますが、類まれなる天才を幼なじみに持ってしまった瑞垣の思いは瑞垣にしか分からないものでしょう。
自分にしか分からない思いや感覚を誰かに伝えたいと思ったときに、どうやって伝えるか。
瑞垣と門脇、巧と豪、そしてその他の『バッテリー』に登場する野球部の面々の場合、それは野球を通じてでした。
成長著しい少年たちが野球を通じて他者と関わり、他者を理解していく姿を描いた作品、それが『バッテリー』だったのだなと、この短編集を読んで改めて認識しました。


それにしても、妹が海音寺とたびたび電話で話をしていたと知って怒る瑞垣が可愛いなぁ(笑)
瑞垣ってこんなに可愛い一面もあったんだ、とうれしい発見でした。
青波が主人公の「空との約束」、豪視点の「陽炎の彼方から」の2つの短編も、巧という天才投手に魅せられた伸び盛りの少年たちを描いて瑞々しく爽やかな読後感でした。
『バッテリー』シリーズ全巻を読んだ人たちへのご褒美のような1冊です。
☆4つ。