tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『顔のない敵』石持浅海

顔のない敵 (光文社文庫)

顔のない敵 (光文社文庫)


一九九三年、カンボジアNGOのスタッフが地雷除去作業をつづける荒れ地に、突然の爆発音が轟いた。立入禁止区域に、誰かが踏み入ったのだ。頭部を半分吹き飛ばされた無惨な死体。これは、純然たる事故なのか、それとも―。表題作のほか、本格の旗手・石持浅海の原点ともいうべき「対人地雷」ミステリー全六編と、処女作短編で編まれた第一短編集が待望の文庫化。

他に類を見ないようなちょっと「奇抜な」設定のミステリで知られる石持浅海さんの作品だけあって、やはりその個性が際立つ連作短編集でした。
仕掛けた敵の顔が見えない対人地雷という兵器と、加害者がはっきりしている殺人事件とを結びつけるという発想と着眼点が面白いと思います。
また、ミステリを通じて対人地雷の卑劣さを描き出すという社会派ミステリの体裁をとってはいますが、地雷被害者や地雷除去に携わる人々、あるいは地雷製造者など、さまざまな立場の人物を描いているため、単に「地雷をなくしましょう」と言うような説教臭さはなく、多角的に地雷問題を捉えることに成功しています。
同じ地雷被害者支援のNGOで働く人々でさえ、その考え方はさまざまであるという、考えてみれば当たり前のことにきちんと触れているのもよいと思います。


ミステリとしても、さまざまな方法で一種の「クローズド・サークル」を作り上げていて上手いなと思いました。
各短編において共通の登場人物が出てきますが、探偵役などの役割は固定化されておらず、それぞれの話においてそれぞれ異なる視点で物語が展開するので、パターン化で途中で飽きることもありません。
「犯人の動機に無理がある」と言われることの多い石持作品ですが、今回はそれほど無理なく受け入れられる感じがしました。
それでも、探偵役が犯人を暴きながらも見逃すものもいくつかあり、そこは批判する人もいるかもしれません。
ただ、そういった犯人はその後地雷除去に心血を注いでおり、そのあたりで倫理観のバランスは取れているとも考えられます。
他の石持作品同様、議論を巻き起こす性質を持った作品集であることは確かでしょう。
それも石持浅海さんのミステリ作家としての個性と思えて、私は好きです。


地雷シリーズ以外にも石持さんの処女短編も収録されており、こちらもなかなか楽しめました。
犯人の動機はやはり少々無理がある感じがしましたが、現実の事件においても最近は動機が理解しづらいものが多いように思うので、個人的には作品の瑕疵というほどのものでもないと思いました。
何より、地震で突如停止し、真っ暗になったエレベータ内という究極のクローズド・サークルで起こった殺人という設定が新鮮で面白いです。
石持さんにはこれからもこうした斬新な設定のミステリを書き続けてほしいです。
☆4つ。