tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『氷の華』天野節子

氷の華 (幻冬舎文庫)

氷の華 (幻冬舎文庫)


専業主婦の恭子は、夫の子供を身籠ったという不倫相手を毒殺、完全犯罪を成し遂げたかに思えたが、ある疑念を抱き始める。殺したのは本当に夫の愛人だったのか。罠が罠を呼ぶ傑作ミステリ。

最初は自費出版という形で発表されたという作品です。
特に何かの賞を受賞したというわけでもなく、自費出版の後に大手出版社からの刊行、そして文庫化という異例の経緯に惹かれて読んでみました。
自分の書いたものを世に出したいと望んで自費出版にチャレンジする人は少なくないでしょうが、そこから話題になってドラマ化までされるようなケースはめったにないと思います。
そういうめったにないチャンスをつかんだ作品だけあって、なかなかレベルが高く、楽しめました。


都内の大きなお屋敷に住み、ベンツに乗り、家事は家政婦にお任せというセレブ生活を送る恭子は、夫が海外出張中のある日、夫の愛人を名乗る女性からの電話に激高し、その女性を毒殺。
ところがやがてその事件がマスコミに報じられ、刑事が聞き込みにやってくると、彼らの言うことには恭子の知っている事実とは異なる部分がいくつかあることに気付きます。
恭子は自分が罠にはめられたのではないかと疑い始め…。


このあらすじから分かるように、この作品は最初から殺人事件の犯人も、その犯行の動機や一部始終も全てが最初から明かされている、いわゆる倒叙ミステリの形式をとっています。
謎となるのは、恭子がはまった罠とは一体何だったのか、一体誰に仕掛けられたものだったのかという部分。
最初は激情に駆られてあっさりと何者かの罠にはまって殺人を犯してしまった恭子が、次第に冷静になり、罠にはめた者への仕返しを企む悪女への道を突き進んでいく姿と、恭子の罪を確信し、執念で事件の真相を追い続ける戸田刑事との2人の視点の物語が交互に語られます。
視点を切り替えながらもテンポよく物語が進んでいき、恭子と戸田刑事、一体最後に笑うことになるのはどちらなのかと気になって、ぐいぐい読まされます。
前半から中盤にかけて張られたいくつかの伏線が後半のどんでん返しに次ぐどんでん返しを呼び、それが非常に面白かったです。
とても綿密に練られたプロットだなと感じました。


タイトル「氷の華」も結末の恭子の姿そのものを表していてとても印象的です。
浮世離れしたセレブ生活を送り、美しくも高慢な恭子にはとても共感はできませんが、女性としての致命的な弱みを突かれたことをきっかけに殺人を犯し、悪女になっていく姿は少し哀れにも感じられました。
感情移入できるキャラクターではないけれど、こういう完全には憎みきれない悪女のキャラクターがあるからこそ、読ませるサスペンス作品となっていると思います。
なんとなく東野圭吾さんの作品に出てきそうな悪女だなぁとも思いました。
こういうサスペンスにはやっぱり悪い男より悪い女…ですね。
氷の心を持った美しい女には華があって、絵になるからでしょうか。
米倉涼子さん主演でドラマ化されたのも納得です。
☆4つ。