tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『誘拐症候群』貫井徳郎

誘拐症候群 (双葉文庫)

誘拐症候群 (双葉文庫)


警視庁人事二課の環敬吾が率いる影の特殊工作チーム。そのメンバーのある者は私立探偵であり、托鉢僧であり、また肉体労働者である。今回の彼らの任務は、警察組織が解明し得なかった、自称・ジーニアスが企てた巧妙な誘拐事件。『症候群シリーズ』第二弾。再び現代の必殺仕置人が鮮やかに悪を葬る。

『失踪症候群』に続く「症候群」シリーズ第2弾。
前作とは違う方面から魅力的なキャラクターたちを描き、エンターテイメント性もサスペンス性も抜群でやっぱり面白かったです。


今回の犯罪は「誘拐」。
しかもネットで公開されているウェブ日記からターゲットの子どもを見つけるという、コンピューター社会ならではの犯罪で、とても興味深く思うと同時に、自分も日記を公開している人間として、恐怖を感じずにはいられませんでした。
貫井さんがこの作品を書かれた当時は、まだそれほどウェブで日記を公開している人は多くなかったはず。
そして、今でこそ多くの人が日記を公開することに伴う個人情報漏れの危険性をある程度認識しているでしょうが、当時はネット自体がまだそれほど普及していないということもあって、自分や家族の詳細なプロフィールや写真や日常生活の様子を載せているウェブ日記も多かっただろうと思います。
そこに着目して、それまでなかった斬新な誘拐の手口を考え出した貫井さんの発想と視点の鋭さには感心しました。
実際に作品に書かれているほどうまくいく犯罪かどうかは分かりませんが、ありえない話ではないと思わされる点にリアリティがありました。
今でもブログなどで育児日記を書かれている人の中には、お子さんの写真を載せている方も多いですよね。
日記を書かれているご本人は、子どもや孫の可愛い姿をみんなに見てほしいと思って写真を載せておられるのでしょうけれど、そういうのを見ると、私は少し不安を感じます。
純粋に「可愛い」と思って見てくれる人ばかりならいいのですが、世の中困った性癖の持ち主の方もいることですし…。
犯罪に遭うまでは行かなくとも、中には性的好奇心を持って見る人もいるかもしれないと思うと、私はもし自分に子どもがいても写真をネット上にあげることはしたくないなと思います。
以前、さくらももこさんがエッセイの中で、「子どもが自分で判断できるようになるまでは、親の判断で子どもの名前や写真を世間に公表することは私はしない」と書かれていました。
私も基本的にこの意見に賛成です。
悲しいけれども現代はそれほど安全な時代ではありませんから。
この作品はそうした情報化時代の裏側に潜む危険性を見事に突いていると思います。


このように現代的なテーマを中心に据えているためか、今回は前作よりも少し話が重くなっているように思いました。
環が率いる特殊捜査チームの、事件解決のためには手段を選ばない非情な側面も明かされています。
物証がない誘拐事件の黒幕を逮捕するために環たちがやったことは、いかに悪を裁くためと言えども、やはり素直には受け入れがたいものがあります。
最後に明かされる少しショッキングな事件の背景もあわせ、犯罪ではない悪も存在するのだということに、複雑な思いを抱きました。
何が正義で、何が悪なのか…。
犯罪者を裁くだけでは悪の根絶にはならないのだということを、厳然たる事実として目の前に突きつけられたようで、しばらく考え込んでしまいました。


前作ほど気楽には読めませんでしたが、読み応えたっぷりで満足でした。
☆4つ。