tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『失踪症候群』貫井徳郎

失踪症候群 (双葉文庫)

失踪症候群 (双葉文庫)


「若者たちの失踪の背後にあるものを探って欲しい」依頼に応えて、環敬吾はチームのメンバーに召集をかけた。私立探偵・原田柾一郎、托鉢僧・武藤隆、肉体労働者・倉持真栄。三人のプロフェッショナルが静かに行動を開始する。暴かれる謎、葬り去られる悪。ページを捲る手が止まらない『症候群』三部作第一弾!

貫井徳郎さんの作品といえば後味の悪い終わり方をする重い作品が多いのですが、この『失踪症候群』は気分がすっきりするような痛快な結末で、とても気分よく楽しめました。


なんと言っても、警視庁で謎の閑職にある環という人物をリーダーにして、それぞれ異なる「表の顔」を持つ原田、武藤、倉持が上手く役割分担してきびきびと事件を解決していく姿が「必殺仕事人」みたいでかっこいいのです。
現職の警察官である環以外は全員元刑事で素人ではないということは分かりますが、原田以外の人物についてはあまり詳しい背景が語られず、どのような経歴を持った人物なのか、どんなきっかけで環の下で秘密のミッションをこなすようになったのかについては謎だらけ。
「症候群」シリーズは3部作だといいますから、この後のシリーズでおいおいその辺りの謎は明かされていくのかもしれませんが、ミステリ好きとしてはこの謎だらけの設定には興味を掻き立てられずにはいられません。
どうやら次作『誘拐症候群』では武藤がメインとなって事件が展開されるようですから、3部作でそれぞれ原田、武藤、倉持を主人公として順に取り上げていくのではないかと思います。
今作の主人公である原田は、ある事件をきっかけに刑事の職から追われ、警察自体も退職してしまいますが、環に声を掛けられて今も警視庁とのつながりを保ったまま、表向きはしがない私立探偵として働いています。
高校生の1人娘とは最近上手くいっておらず、顔を合わせればけんかになる日々。
こうした思い通りにならない親と子の関係を描くのは、貫井さんお得意のテーマの一つですね。
そのテーマがこの作品で起こる若者たちの失踪事件の謎にも絡んでくるあたりは、やはり上手いなぁと感心させられます。
単なる謎解き物語にせず、こうした親子関係のような身近なテーマを取り入れて物語に深みを出すところが、貫井作品の一番好きなところです。


事件自体の展開ももちろん面白いものになっています。
最初は特に事件性もないように思われた若者たちの失踪の裏にはあるからくりがあることが分かり、最後には思わぬ悪へとたどり着きます。
ところどころに伏線を覗かせながら、テンポよく話が進んでいくので、飽きることなく楽しめます。
若者たちは皆わずらわしい親や周りの人々との人間関係から逃げ出すために失踪という道を選んだ者ばかりです。
こうした者たちはある法律違反を犯してはいるのですが、環が率いるチームは彼らを罪に問うことはしません。
メンバーの一人が、「親からは逃げられても、自分の人生からは逃げられない」という言葉を口にします。
どうにもならない他者との関係をわずらわしく思ってそこから逃げ出そうとしても、自分の人生には自分で責任を持つしかなく、間違いを犯したならばそれも受け止めていかなければならない。
それは高校生の娘との関係に悩む主人公・原田にも当てはまり、とても印象的でした。
ラストの悪を追い詰める場面は痛快で、エンターテイメント性たっぷり。
映像化しても面白そうな作品だと思いました。
☆4つ。