tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ユージニア』恩田陸

ユージニア (角川文庫)

ユージニア (角川文庫)


あの夏、白い百日紅の記憶。死の使いは、静かに街を滅ぼした。旧家で起きた、大量毒殺事件。未解決となったあの事件、真相はいったいどこにあったのだろうか。数々の証言で浮かび上がる、犯人の像は−−。

いや〜…恩田さんらしいというかなんと言うか。
これまた感想の書きにくい作品です。


日本推理作家協会賞長編賞を受賞したこの作品。
最後まで読んでも、犯人の名前など謎解きの答えははっきりと示されない、読者に謎解きをさせるタイプのミステリです。
でも東野圭吾さんの『どちらかが彼女を殺した』『私が彼を殺した』などのように、作中の手がかりや伏線から論理的に一つの回答が導き出せる犯人当て小説というわけではありません。
ある殺人事件の生存者や捜査に当たった刑事など、さまざまな関係者たちの証言で構成されていますが、これらの証言をどのように解釈するか、また全ての証言者が皆真実を語っているのかどうか、その判断は全て読者に委ねられています。
つまり、作者が用意した決まった解答というものは、存在しないのです。
最後まで読み終わっても解けない謎がいくつも残り、犯人もはっきりしないままで、もやもやとした読後感です。
あまりにもやもやして、答えが知りたくて思わずネットでいろいろと検索してしまいましたが、「複数の推理と解釈が可能であり、どの推理を支持するかは読者次第」というのが答えのようです。
「真実はひとつではない」と作中に書かれていますが、まさにこれこそが恩田さんが書こうとしたことなのでしょう。
私が抱いたもやもや感こそ、恩田さんが意図していた通りのものなのかもしれません。
個人的にはきれいに謎が解けるミステリのほうが好きなのですが、こういうタイプの作品も悪くないなと思えました。
ミステリを読むときは自分でも推理しながら読むというタイプの人ならとても楽しめる作品だと思います。
私自身も一度最後まで読んだ後、もう一度気になる箇所に戻って読み返し、一応一つの解釈を頭の中に作り上げました。
それが正解かどうかは分からない。
でも、分からないままでいいのです。
時間が経ってからもう一度読み返してみたら、もしかすると今持っているのとは違う解釈になるかもしれません。
私とは全く違う解釈を持っている人もいることでしょう。
この作品は、そういうさまざまなものの見方、考え方を、推理を通して楽しむ作品だと思います。


こういう特殊な性質を持った作品なので内容に触れることも難しいのですが、一つ強い印象が残ったのはやはり色彩の描写でしょうか。
紅い花、白い花、黄色いレインコート、青い部屋など、さまざまな色彩が作中の重要な箇所で登場します。
全体的には、謎解きの解答がはっきりと示されない灰色の雰囲気を持った作品なので、その中でこうした色彩の描写はとても鮮やかな印象を残します。
表紙の写真に写っている紅いバラが、そんな作品の色彩の印象を象徴しているように思えました。
巻末には作者や装丁担当のデザイナーなど、この本の制作の関係者の言葉が本文と同様のスタイルで収録されていて、こちらもなかなか面白かったです。
☆4つ。