tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『繋がれた明日』真保裕一

繋がれた明日 (新潮文庫)

繋がれた明日 (新潮文庫)


あの夏の夜のことは忘れられない。挑発され、怒りに駆られてナイフを握った。そして一人の命を奪ってしまった。少年刑務所から仮釈放された、中道隆太。彼は人間味溢れる保護司に見守られ、不器用ながらも新たな道を歩みだしていた。その矢先、殺人の罪を告発するビラが撒かれた。誰が? 何のために? 真相を求め隆太は孤独な旅を始めたのだが――。深い感動を呼ぶ、著者の代表作。

真保裕一さんの作品を読むのは『ホワイトアウト』以来になります。
しかも『ホワイトアウト』は映画化の1年前くらいに読んだので、本当にかなり昔ですね…。
ホワイトアウト』は夢中になって読んだのですが、なぜかその後真保さんの作品に手が伸びずにここまで来ました。
ですがこれから少しずつ読んでいこうと思い立ち、まずは文庫化されたばかりで書店にたくさん並んでいたこの『繋がれた明日』を選びました。


真保さんの作風はよく東野圭吾さんと似ていると言われますが、この作品も東野さんの『手紙』を思い起こさせるものでした。
ですが、東野さんの『手紙』が犯罪加害者の家族の視点で「犯罪のその後」を描いているのに対し、こちらは加害者自身の視点で描かれています。
そのため、罪を償っていこうと思う気持ちと自分だけが悪かったのではないという自己弁護の気持ちとが入り混じる、加害者の複雑な心情が生々しく描き出されており、とても読み応えがありました。


恋人にちょっかいを出されたことから酒場で一人の男とけんかになり、衝動的にナイフで男を刺し殺してしまい、短期で5年、長期で7年という実刑判決を受けて少年刑務所に服役した主人公、中道隆太。
6年間の服役後、仮釈放を認められて更生への第一歩を踏み出すことになりますが、当然殺人を犯したものに対する世間の風当たりは冷たいものです。
真面目に働いて生きていこうとしても、隆太は何度も何度も壁に突き当たることになります。
6年間という長い勤めを終えて、ある程度の罪の償いはして社会へ戻ってきたはずなのに、実際には仮釈放中の制約も多く、周囲の人々からは「人殺し」と蔑まされ、挙句の果てには罪を告発するビラまで撒かれて家族までも巻き添えにしてしまう。
被害者の側にも落ち度はあったのに、どうして自分だけがこんな目に遭わなければならないのかと、苛立ちや怒りも抱えながら、それでも「自分は許されない罪を犯したのだから」と自分を抑えることもできる隆太は、根っからの悪人というわけではなく、人を思いやる気持ちもちゃんと持っている普通の人なのだと思います。
だからこそ隆太の悔しさも苛立ちも理解できるのですが、受刑者にとっては長い6年でも、被害者の遺族にとってはたったの6年。
犯人への恨みや憎しみはそう簡単に消えるものではありません。
作中に「人間の感情は理屈ではない」といった言葉がありましたが、本当にその通りだと思います。
裁判所が被告の更生の可能性を認めたからこそ、死刑ではなく懲役刑となり、犯人は自らの犯した罪を反省したから仮釈放され、社会への復帰を許された。
それは理屈では理解できても、大切な家族を殺した人間がなぜ6年で社会へ戻ってその後の人生を生きていけるのかと、被害者の遺族なら思って当然です。
私でもそう思います。
本当に悔い改めたのか、再犯の可能性はないのかという疑問も消しきれません。
もしも近所に出獄して間もない元殺人犯が住んでいれば、不安に思わずにはいられないだろうと思います。
理屈では過ちを犯した人も受け入れていかなければならないのだと分かっていても、感情を否定することは難しいことです。
もしかするとそれこそが犯罪を犯した者が受けなければならない一番の報いなのかもしれません。
刑期を終えて釈放されても、罪が消えたことにはならないのです。
罪を犯したという過去は、一生背負っていかなければならないのです。
そして、はっきりしていることは、犯罪は被害者も加害者も、さらにはその家族や友人や恋人までもを不幸にするということだと思います。
だから罪を犯してはいけないのです。


自分が犯した罪が引き起こした結果に苦しむ隆太ですが、彼は本人も自覚している通り、かなり恵まれた方なのだと思います。
理解ある保護司や職場の上司に巡り会うことができ、かつての悪友の中にも真っ当な社会人に成長していて隆太を叱咤激励してくれる人がいます。
そうした人々に支えられながら少しずつ真の更生へと向かってゆく隆太の心情の変化がうまく描かれていて、重いテーマでありながら最後はすがすがしい気持ちで読み終えられる作品でした。
☆4つ。