tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ICO -霧の城-』宮部みゆき

ICO-霧の城- (講談社ノベルス)

ICO-霧の城- (講談社ノベルス)


邪悪な力を持つ“霧の城”は角の生えた子を生贄として求めていた。イコはしきたりに従い、“霧の城”へ――そこで檻に囚われた少女を発見したイコは彼女を助け出すが、その手を握ると何故か頭の中を様々な幻像が……。不思議な力を持つヨルダという名の少女は何者なのか? そして囚われた理由とは?運命に抗い、謎が渦巻く城から少女とともに脱出するため、イコは城主と対決する!

プレイステーション2用のアクションゲーム「ICO」の魅力にとりつかれた宮部みゆきさんによるノベライズ作品。
原作のゲームをやっていないのでどうかなぁと思いましたが、宮部さんだから物語の骨格はしっかりしていて読みやすいはず、と思い手に取ってみました。


思った通り、さすがに宮部さんの筆力で描き出されるファンタジー世界は、単にゲームのあらすじをなぞっているだけではないと、ゲームをプレイしていない私にもはっきり分かるほどに重厚で、情景がありありと頭に浮かんできます。
「霧の城」についての描写、主人公の少年イコが直面する「ニエ」の宿命、少女ヨルダとその母との確執…。
全てがしっかりとした世界観に基づいて少しも揺るぐことなく、光あふれる優しいラストシーンへと繋がっています。
聞くところによると、原作のゲームはただ少年がとらわれの少女を助け出すという、非常にシンプルな設定とストーリーしかないのだそうで、宮部さんが自らの作家としての想像力を存分に発揮して、ゲームのシンプルな世界を500ページを越す大長編小説に膨らませたのだということが分かります。


…でもなぁ。
なんだか物足りなさが残るのはなぜでしょうか。
宮部さんのオリジナル長編作品を読み終わったときにいつも感じる達成感のようなものと、もう少し物語の世界に浸っていたいと思わせる後を引く余韻が、この作品からは全く得られませんでした。
作品として完成度が低いとか、面白くないとか、そういうことではなく、宮部さんの作品としてはなんだか中途半端な感じがするのです。
確かにファンタジーとして、その世界観や雰囲気は悪くありませんでした。
イコが背負った宿命も、霧の城に秘められた謎も、ヨルダの過去も、それぞれドラマがあって、読み応えもありました。
けれども、宮部さんオリジナルのファンタジー作品『ブレイブ・ストーリー』では、主人公のワタルと共に笑って泣いて、とても心を揺さぶられたものでした。
それがこの作品にはなかったのはなぜかと考えてみると、結局「ゲームのノベライズ作品だから」というところに行き着いてしまうのではないかという気がします。
ゲームをプレイしていないのではっきりどうこう言えないのですが、ゲームにしろマンガにしろ小説にしろ映画にしろ、好きな作品に関しては誰でも自分の中に、足りない部分を自分の想像力で補ったその作品の世界を作り上げているものだと思います。
その作品についての小説やマンガなど、二次創作を行う際には、その人が作り上げた作品世界が色濃く反映されると思います。
この『ICO -霧の城-』にしても、宮部さんがゲーム「ICO」をプレイして宮部さんが自分の中に作り上げた世界を、小説という形で外に出したものであるはずです。
けれども、忘れてはならないのは、この小説は同人作品ではないということ。
同人作品ならば100パーセント自分の想像の世界を描いても許されるでしょうが、商業作家がそれをやるのは許されないことです。
自分の想像力で世界を構築しながらも、大勢いるこのゲームのファンがそれぞれゲームに対して持っているイメージを裏切らないように、あまり原作ゲームから逸脱するわけにはいかないでしょう。
そのことが、宮部さんの想像の翼の広がりを抑えてしまっているのでないかと感じました。
100パーセント宮部さんが自分の想像で作品を書いていたら、もっと伸び伸びと、「宮部さんらしさ」あふれる作品になっていたのではないかと思います。
原作から離れすぎないように気を遣うことにより、宮部さんの本来のストーリーテラーぶりが十分に発揮されず、結果として物足りない作品に終わってしまったのではないでしょうか。
ただ、もし実際に宮部さんが自分の想像力に任せて書いていたら、原作ゲームとは全く別物になってしまっていたかもしれず、そのあたりは難しいところだと思います。
この難しさはノベライズ作品の宿命ですね。


個人的にはキャラクターにあまり魅力が感じられなかったのも残念です。
イコもヨルダも、ちょっと「いい子」すぎる感じがして、あまり感情移入ができなかったのです。
2人とも自分の責任ではないのに過酷な運命を背負わされているし、子どもなのだからもっとその運命に逆らおうとするようなところがあってもよかったのになと思います。
ちょっと自分の運命をあっさり素直に受け入れすぎと言うか…。
その点イコの友だちのトトは向こう見ずで自信過剰で、子どもらしくて生き生きとしていました。
こっちのほうが宮部さんの描く子どもらしいと感じました。
そういうわけで、私にとってはちょっと「惜しい」作品でした。
☆3つ。
原作ゲームもやってみたいのだけど…プレステ2は今手元にないなぁ…。