tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『追憶のかけら』貫井徳郎

追憶のかけら (文春文庫)

追憶のかけら (文春文庫)


事故で愛妻を喪い、失意の只中にあるうだつの上がらない大学講師の松嶋は、物故作家の未発表手記を入手する。絶望を乗り越え、名を上げるために、物故作家の自殺の真相を究明しようと調査を開始するが、彼の行く手には得体の知れない悪意が横たわっていた。二転三転する物語の結末は?著者渾身の傑作巨篇。

面白かった〜!!
かなり長い作品ですが、何度も繰り返されるどんでん返しでぐいぐい読まされます。


主人公で国文学者の松嶋は、妻の父親が教授を務める私立大学の講師。
聡明な妻を得、可愛い一人娘にも恵まれた松嶋だったが、酒を飲んだ上での軽率な行動から妻を激怒させてしまった。
妻は娘を連れて実家に帰ってしまい、別居生活をしていたが、松嶋がきちんと謝る暇もないまま、妻は交通事故により突然この世を去ってしまう。
それをきっかけに義父母との関係もぎくしゃくし、失意のどん底にあった松嶋の元に、ひょんなことからある終戦直後の作家が書いた手記が持ち込まれる。
その手記に価値を見た松嶋は、手記に関する論文を発表して義父に認められることを目指し、手記の中で未解決のまま残っている謎の解明に取り組み始める…。


ミステリとして、2段構えの謎解きが面白い作品です。
手記を残した作家は何者かに恨みを買ってさまざまな酷い目に遭い、最終的にはそれが原因で自ら死を選ぶことになるのですが、作家を憎み苦しめたのは一体誰なのか、またなぜ作家が憎まれることになったのか、というのが第一の謎。
この手記は作中作の形で書かれているのですが、これがとても面白く、どんどん引き込まれます。
旧字・旧仮名遣いで書かれているにもかかわらず、それをあまり意識することなく、とても読みやすかったです。
書かれている内容自体も、なかなか悲惨な内容で、謎解きに対する興味が沸いてきます。
そして、この手記に関する謎について調査し始めた松嶋は、やがてこの手記が何者かの悪意によって自分に持ち込まれたのだということに気づきます。
それは一体何者なのか?
またどのような意図を持って手記が松嶋の元に持ち込まれたのか?
これが第二の謎です。
2つの謎は、時を隔てて呼応するかのように似た部分が多々あります。
その中でも、どちらの謎においても背後に横たわる大きな大きな悪意がとても印象的でした。
特に松嶋に向けられた悪意は想像を絶するものがあります。
些細なことから憎しみを募らせた挙句、人を苦しめ人生を狂わせようとする企みを平然と実行する、壮絶なまでの悪意に寒気がする思いでした。


謎解き部分は描かれる悪意のあまりの大きさに、後味が悪い思いもするのですが、それでもこの作品の読後感は爽やか。
それは、松嶋の人の良さと、妻子に対する深い愛情がなせる業でしょう。
松嶋は自分に自信がなく、偉大な義父に対していつもおどおどしていて、女性の気持ちにも疎く、軽率な行動で妻を怒らせ失ってしまう、かなり情けないダメ男です。
でも人を疑うということを知らず、優しくて人がよいので、どうしても憎めません。
むしろこういうタイプの男性はけっこうモテるのではないかと思います。
何でも自分でできてしまうよくできた女性であった松嶋の妻が、大企業の御曹司と別れて松嶋を選んだ気持ちは、同じ女性としてよく分かる気がします。
そして、時折挿入される妻との過去の回想や、松嶋の心理描写の数々から、松嶋が深く深く妻を愛する気持ちが強く伝わってきて胸を打たれます。
ミステリとして面白い上に、家族愛を描いた小説としてもとても秀逸な作品だと思います。
☆5つ。