tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『空の中』有川浩

空の中 (角川文庫)

空の中 (角川文庫)


200X年、謎の航空機事故が相次ぎ、メーカーの担当者と生き残ったパイロットは調査のため高空へ飛ぶ。そこで彼らが出逢ったのは…? 全ての本読みが心躍らせる超弩級エンタテインメント。特別書き下ろしも収録。

久々に本格的なSFものを読んだ気がします。
ライトノベル出身の作家さんということですが、ライトノベルの要素を残しつつも大人にも楽しめるエンターテイメント作品に仕上がっていると思いました。


日本で悲願の国産航空機開発計画が進行する中、高度2万メートルという高さで2回立て続けに謎の航空機事故が発生する。
その事故で亡くなった航空自衛隊のパイロットの息子で、高校生の瞬は、ある日海辺で謎のくらげのような生物を発見する。
一方、そのパイロットの部下の女性隊員・光稀(みき)と航空機メーカーの事故調査員・高巳は事故現場へ赴き、そこに存在する巨大な「もの」に遭遇していた。
その巨大な「もの」は、無線を通じて光稀と高巳に話しかけてきた…。


まず、空に巨大な知的生命体が存在するという設定の発想が面白いですね。
しかもかなり高度な知性と思考を持ち、基本的には温厚で平和的な性格だというあたりに親しみが持て、思わず空を見上げて本当にいないだろうかなどと思ってしまいます。
そのような生物の存在に対する人間の反応にリアリティがあってまた面白いと思いました。
日本を敵視する某国が「日本の陰謀だ」と核の脅威をちらつかせながらその生物の駆除を求めてくるとか、アメリカが外交政策上の利権を狙って日本にその生物の調査を任せるとか、某国に脅された日本政府が「たとえこういう事態であっても日本から攻撃したという前例を作るわけには行かない」とアメリカに生物への攻撃を依頼するとか…。
実際にこういう事態が起こったとしたら、人間たちの反応は確かにこんなふうになりそうだというのがとてもリアルに描かれていました。
そこには、空の上に存在する知的生命体と比べて、人間たちの卑小さと愚かさが表れていると感じられますが、また同時に非常事態に直面してそれを何とか上手く切り抜けていこうとする姿も描かれていて希望が持てます。


瞬とその幼なじみの佳江(かえ)、光稀と高巳という2組の男女を軸に物語が進んでいきますが、この2組のカップルのそれぞれの恋模様もこの作品の大きな魅力の一つだと思います。
作者の有川浩さんは甘いラブコメがお得意なんですよね。
今回のこの2組はまだ恋人同士になる前の微妙な関係で、そんなに甘いシーンがあるわけではありませんが、それでもそのじれったい距離に何度も心をくすぐられました。
こういう、近いような遠いような、微妙な距離感、好きなんですよねぇ…。
責任感の強い瞬、率直で素朴な佳江、男性社会の中で肩肘張って生きている光稀、軽薄そうに見えて実はさりげない気配りのできる高巳…とそれぞれのキャラクターもなかなか好感が持てます。
さらには瞬や佳江を見守る近所の漁師「宮じい」や、航空機事故で父を失った孤独で冷徹な美少女・真帆など、他の登場人物たちの描写も秀逸です。
特に宮じいの「年の功」とも言える堂々とした瞬や佳江の保護者ぶりがとてもかっこよくて、素敵だなぁと思いました。
瞬や佳江、真帆たち高校生は、まだ子どもなので失敗も過ちも犯しますが、そんな子どもたちを宮じいをはじめとして光稀や高巳といった大人たちが温かく見守り、うまく導いていく姿もとても感動的でした。


文庫版に書き下ろしの掌編「仁淀川の神様」には泣かされてしまいました。
パニックあり、恋あり、戦いありの盛りだくさんな内容で、とても楽しい小説だと思います。
これ映像化はまだしていないんですっけ?
映画なんかになったら面白そうですよね。
有川さんの他の作品も読んでみたくなりました。
☆5つ。