tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ベルカ、吠えないのか?』古川日出男

ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)

ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)


キスカ島に残された4頭の軍用犬北・正勇・勝・エクスプロージョン。彼らを始祖として交配と混血を繰りかえし繁殖した無数のイヌが国境も海峡も思想も越境し、“戦争の世紀=20世紀”を駆けぬける。炸裂する言葉のスピードと熱が衝撃的な、エンタテイメントと純文学の幸福なハイブリッド。文庫版あとがきとイヌ系図を新たに収録。

古川日出男さんは、ずっと気になっていた作家さんの1人でした。
遅ればせながら今回初めて著作を読みましたが、いろんな意味で独特の、新鮮味を感じさせる作家さんですね。


まず読み始めてすぐに気づくのが文体の独特さ。
比較的短い文を畳み掛けるように連ねていてとても躍動感があり、詩的な印象も感じさせる文体です。
とても独特で面白いなぁとは思ったのですが、私は過去形の文や現在形の文が混在し、物語の舞台があちこちに飛びまくる文章になかなか慣れることができず、状況把握にかなりてこずりながら読みました。
このくせのある文体と物語の運び方は、多少人を選ぶかもしれませんね。
後半になるとようやく慣れてきて、ぐいぐいと物語の世界に引き込まれましたが。
その独特さに慣れてしまいさえすれば、とても迫力があって力強い魅力的な文章だと思います。


そして、何と言っても物語そのものもかなり独特です。
第二次世界大戦における4頭の軍用犬をはじまりとして、彼ら犬たちが世界のあちこちへ散らばり、交配を繰り返して系図を作っていく様子を追うことにより、人間たちの第二次世界大戦以降の歴史を浮かび上がらせるという、とてもユニークな発想に基づく物語なのです。
第二次世界大戦に始まり、朝鮮戦争、中国建国、米ソの冷戦、ベトナム戦争、アフガン戦争、冷戦終結、ソ連崩壊…アジア・ソ連(ロシア)・アメリカを中心に激動の歴史が展開し、犬たちはその人間たちの愚かな戦いやイデオロギーの系譜に翻弄され、数奇な運命をたどっていきます。
歴史の部分はとても詳しく解説してくれているので、近現代史をあまりきちんと勉強してこなかった私も、知識を整理して歴史の流れを再確認することができました。
犬たちもまた、北へ南へと運命のままにさまよい、出会いと別れを繰り返し、ある者はソ連のロケットに乗って宇宙に行き、ある者は麻薬探査犬として活躍し、ある者は軍用犬として戦いに参加し、人間の歴史を影で支える立役者として彼らなりの歴史を作っていきます。
そんな犬たちの姿がクールでかっこいいのです。
彼らは献身的で、健気で、勇敢で泣かせます。
人間の都合に振り回されながら、それでも犬としての誇りを持って生きる姿に、なぜだかこちらが励まされるような気がします。
それに比べて、歴史に学ぶことなく欲望を満たし血を流し続ける人間たちの愚かさを思うと、少し悲しい気持ちにもなりました。
作者・古川さんの狙いもそこにあったのかもしれませんね。


想像していたストーリーとはちょっと異なっていたけれど、予想はいい意味で裏切られました。
これまでに読んできた小説とはいろんな意味で一線を画する作品で、とても新鮮な読書が楽しめたと思います。
☆4つ。




♪本日のタイトル:コブクロ「風の中を」より