tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『いつかパラソルの下で』森絵都

いつかパラソルの下で (角川文庫 も 16-5)

いつかパラソルの下で (角川文庫 も 16-5)


大人たちの世界を瑞々しい筆致で綴った、ハートウォーミング・ストーリー。
厳格な父の教育に嫌気がさし、成人を機に家を飛び出していた柏原野々。その父も亡くなり、四十九日の法要を迎えようとしていたころ、生前の父と関係があったという女性から連絡が入り……。

これ、「ハートウォーミング・ストーリー」なの??
この惹き句は微妙にずれている気がする。
森絵都さんの作品はいつもそうだけど、けっこう痛いところをグサグサと突いてきますよね。
心が温まるかどうかは…ちょっと疑問。
読後感は確かにいいんですけどね。


異常なほど潔癖で堅物の父親に厳格に育てられ、そんな父への反発から成人後は家を飛び出して奔放に過ごした女性・野々とその兄妹、そして母親が、父の死をきっかけに生前は知る由もなかった父の意外な姿を知るという話です。
野々の父親はちょっと常軌を逸しているというか、かなり極端な厳しさを持った人で、確かにこんな親の元で育ったら親元から離れた後は自由を謳歌して、定職にも就かず、恋人をとっかえひっかえして…となるのも無理ないかなとも思えます。
そもそも、そんなに厳しくない父親であっても、父と娘の関係って微妙で難しいものですよね。
この本を読みながら思い出したのは、私が25歳の時、当時勤めていた会社を辞めると両親に告げた私に母が「次の仕事決めずに辞めるんなら、結婚でもすれば?」と言ったところ、母は冗談交じりだったのにも関わらず、父は大真面目に「結婚はあかん。まだ早すぎる」と言ったということでした。
それまでそういうことを言うタイプの父親だとは全然思っていなかったので、かなり驚いたんですよね。
そもそも25歳って結婚適齢期と言ってもいいぐらいの年齢じゃないのか?というのもあったし…。
それが私にとっての父の意外な顔を見た瞬間でした。
父親っていうのはみんな多かれ少なかれこういう部分があるものなのかもしれません。
特に娘に対しては。
母親とは違って、父親とはあんまり親子で顔を突き合わせて話をする機会というのも多くはないから、ちょっと謎の部分があるような気がします。


この作品の主人公一家は、父の死後急に父の素顔と向き合わされることになってしまった。
だからこそ衝撃も不安も大きく、妻である母親は傷ついて様子がおかしくなり、兄妹たちは父親の幻影にとらわれてしまいます。
そして、もっと父親のことを深く知って、心の整理をつけようとした兄妹たちは、結果的には絆を深め、父に反発するがゆえに失ってしまっていた家族としての結束を取り戻します。
その過程もなんだか皮肉っぽいというか、意外と深刻さがなくどこか軽いというか、森さんの作品ならではの雰囲気でサラリと読めます。
兄妹たちが最終的に到達する「自分の人生がうまくいかないのは、父親のせいでもなく、自分のせいでもなくて、それが人生というものだからだ」という結論は、いっそすがすがしくて読んでいる方も「そういうものか」と納得させられるような妙な説得力を持っています。
そういう結論に達して吹っ切れるのも、家族の絆を取り戻すのも、すべては父が死んだことで父が語ることのなかった真実を知ったがゆえ、というのがとても皮肉っぽくて、森さんらしいなぁと思いました。
皮肉が効いている上に痛いところを突かれて「あ痛たた」と感じてしまうけれど、私はけっこうそれが嫌いじゃないみたいです。
加納朋子さんや瀬尾まいこさんが描くような温かく優しい世界に包まれるのも大好きだけど、森さんの描くシビアな世界にも時々浸ってみることで、なんだかうまくバランスが取れるような気がします。
☆4つ。




♪本日のタイトル:鬼束ちひろ「砂の盾」より