tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『黒笑小説』東野圭吾

黒笑小説 (集英社文庫)

黒笑小説 (集英社文庫)


東野圭吾が描く、「黒い笑い」
平静を装いながら文学賞の選考結果を待つ作家、内心では「無理だろう」と思っている編集者――。文壇事情を皮肉たっぷりに描く短編の他、笑いをテーマにした作品を収録した傑作短編集。

『怪笑小説』『毒笑小説』に続く、東野圭吾さんのブラックユーモア短編集3作目です。
今作の見所はやはり文壇をネタにした連作短編でしょう。
とある文学賞の候補に5回も挙がりながら受賞できない落ち目の作家・寒川とその周囲の編集者たちの悲喜こもごもを皮肉たっぷりに描いていて、文壇に縁がない身としては非常に興味深く、また面白く読めました。
この『黒笑小説』の単行本が出たのは2005年ですから、その時にはまだ東野さんは直木賞を受賞されていませんでした。
ということは、この寒川は東野さんが未来の自分の姿として自嘲的に生み出したキャラクターとも考えられます。
ですがその後2006年に東野さんは(ようやく)念願の直木賞を受賞されました。
もし今に至るまで受賞されていなかったとしたら、この作品は「ブラックな笑い」にはなっていなかっただろうと思います。
そう考えると、結局のところ東野さんはある程度直木賞を受賞できる自信があったのではないかなぁ。
こういう皮肉たっぷりの作品を堂々と世に出せるのは、東野さんがすでに人気作家として十分な地位を築いているという余裕の表れであるような気もします。
…それでも、やっぱり賞は欲しかったんですよね、東野さん(笑)
そう言えば直木賞の受賞インタビューでも東野さんは笑わせてくれたなぁ…などと思い出しながら楽しく読みました。


その他にも、なぜ男は女性の豊かな胸が好きなのか?を真面目に考察するのが可笑しい「巨乳妄想症候群」、空気中に漂う化学物質などの細かい粒子が全て目に見えてしまう男を描いた「みえすぎ」、女にもてなくて困っている男が一吹きで意中の女性を虜にさせるスプレーを手に入れる「モテモテ・スプレー」などなど、皮肉の効いた馬鹿馬鹿しい笑いにあふれた短編が収録されています。
その中でも私の一番のお気に入りは「シンデレラ白夜行」。
あの「シンデレラ」が、東野さんの代表作『白夜行』のヒロイン並みにやり手の魔性の女だったら…という話です。
本当にシンデレラが『白夜行』のヒロインを思わせるキャラクターになっていて笑えます。
自分の作品までもパロディのネタにしてしまうところは、東野さんらしいというかなんというか…。
ぜひ『秘密』のパロディネタも書いてみて欲しいところです。


真面目な長編作品とはまた違った雰囲気で、東野さんの引き出しの多さと懐の広さを感じさせられる短編集です。
どの短編も気軽に読めるちょうどいい長さで、暇つぶしに最適。
☆4つ。