tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『東京バンドワゴン』小路幸也

東京バンドワゴン (1) (集英社文庫)

東京バンドワゴン (1) (集英社文庫)


東京、下町の古本屋「東京バンドワゴン」。この老舗を営む堀田家は今は珍しき8人の大家族。60歳にして金髪、伝説のロッカー我南人。画家で未婚の母、藍子。年中違う女性が家に押しかける美男子、青。さらにご近所の日本大好きイギリス人、何かワケありの小学生までひと癖もふた癖もある面々が一つ屋根の下、泣いて笑って朝から晩まで大騒ぎ。日本中が待っていた歴史的ホームドラマの決定版、ここに誕生!!

巻末の作者の言葉「あの頃、たくさんの涙と笑いをお茶の間に届けてくれたテレビドラマへ。」がこの作品の全てを言い表しているんじゃないかと思います。
舞台は東京の下町、老舗の古本屋とカフェを併設した店舗兼住居に住まう個性豊かな大家族「堀田家」。
そしてそこで起こる数々の小さな「事件」…。
人情あふれる温かいこの物語は、まさに昭和のホームドラマの世界。
ただし実際には本書の舞台は現代、平成時代です。
インターネットなど便利な現代のツールも登場し、イギリス人や在日韓国人も登場するなどグローバル化の波にも乗ったりしていますが、それでも懐かしい空気が漂う本書はとても読んでいて心地よく、いつまでもこの物語の世界に浸っていたいと思わせてくれます。
人生の約3分の2は平成時代を生きている私でも懐かしさを感じるのですから、私よりも上の世代の人ならなおさらでしょう。
ですがこの作品の心地よさの要因は「懐かしさ」だけではないと思います。


一つには語り手の魅力があります。
この作品の語り手は、舞台となる古本屋兼カフェ「東亰バンドワゴン」の店主の妻であり、2年前に76歳で他界したおばあちゃん。
つまり、「幽霊」です。
幽霊とは言っても全くホラー要素はありません。
むしろこんな風に温かく家族を見守ってくれるおばあちゃんの幽霊なら大歓迎したいくらいです。
優しく、愛情たっぷりの眼差しを持ち、品のある柔らかな文体の語り口は、このおばあちゃんが語り手だからこそのものです。
そして、大家族ならではの騒がしくも楽しい日常の風景もとても気持ちのよいものです。
一家揃ってわいわいがやがやと食卓を囲む様子は、文章で読みながら自然に頭の中にその光景が浮かんできます。
親子3代にわたる大家族の中には、還暦になってもまだフラフラしている元(?)ロックミュージシャンや未婚の母にプレイボーイと個性的な面々ばかり。
一見バラバラのようにも見える家族ですが、全員思いやりのある優しい人たちばかりなので、強い絆で結ばれていてさまざまな問題にも立ち向かっていきます。
本書を開くと最初はその登場人物の多さにたじろいでしまうかもしれませんが、こういう個性豊かで楽しい家族なので、あっという間に馴染んでしまいます。
それでも混乱してしまった場合には、本の冒頭に戻れば人物紹介と関係図が載っているのもうれしい心配りです。
そして最後に、死人の出ない「日常の謎」ミステリ仕立てになっているのがこの作品を一層味わい深いものにしていると思います。
「文化文明に関する些事諸問題なら、如何なる事でも万事解決」という堀田家の家訓に基づき、一家の周囲で起こる大小さまざまな謎が堀田家の面々により解かれていくのがとても心地よく、すいすい読み進めることができます。
意外にも「昭和風ホームドラマ」と日常ミステリはとても相性がいいものなんだなと感心しました。


細部まで作者の気配りが行き届いた繊細で優しい世界。
…好きだなぁ、こういうの。
シリーズ化されて続編も刊行されつつあり、この先また堀田家とお付き合いできるのが楽しみです。
☆5つ。