tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『優しい音楽』瀬尾まいこ

優しい音楽 (双葉文庫 せ 8-1)

優しい音楽 (双葉文庫 せ 8-1)


駅のホームでいきなり声をかけられ、それがきっかけで恋人になったタケルと千波。だが千波はタケルが自分の家族に会うことを頑なに拒む。その理由を知ったタケルは深く衝撃を受けるが、ある決意を胸に抱く―表題作「優しい音楽」。現実を受けとめながら、希望を見出して歩んでゆく人々の姿が、心に爽やかな感動を呼ぶ短編集。

優しくてほんわか暖かい瀬尾ワールド全開の作品。
ただ優しいだけじゃなくて、辛いことも痛いことも苦しいこともきちんと描かれていて、それでもこの世の中や人生はそれほど悪いことばかりでもないのかもしれない、と希望を抱かせてくれるから瀬尾さんの作品は好きです。


本書『優しい音楽』には3つの短編が収められています。
まず表題作の「優しい音楽」は、恋人の家族に会わせてもらえず疑問に思っていた青年・タケルが思いがけない「真相」を知るというお話。
主人公のタケルが非常に好青年で好印象。
付き合っている女性の家族にきちんと挨拶しておきたいだなんて、今時の若者らしくない真面目な好青年ぶりがいいです。
恋人が自分と家族とを会わせたがらない理由を知り、一時は腹を立てるタケルですが、結局は恋人を喜ばせたい、そして恋人の家族をも喜ばせたいという気持ちになっていくあたりは、ただの恋心がもっともっと深いものに変わったという証なんだろうなと思いました。
とても幸せな気分になれる作品です。
次に「タイムラグ」。
不倫相手が夫婦で旅行に行く間、その子どもを預かる羽目になってしまったOLの話です。
不倫相手の身勝手さに腹を立てながらも、いざ家にその子どもがやってきて意外な事実を知ってしまうとやっぱり放っておけなくて、あれこれ世話をした挙句、家族の問題まで解決しようとしてしまうのが「優しい音楽」のタケル同様お人よしで微笑ましく感じます。
不倫なんて本来不道徳な行為のはずなのにね。
最後は「がらくた効果」。
主人公が同棲中の彼女が突然ホームレスの初老男性を家に連れてきて、奇妙な3人での共同生活が始まってしまうというかなり突飛な設定の話です。
これまたわけも分からず恋人のペースに巻き込まれて、ホームレスの男性としばらく一緒に住むことをいつの間にか受け入れてしまっている主人公がおかしいのですが、主人公もその彼女もホームレスの男性も、それぞれにこの共同生活を楽しんでいるので、読者としてもいつの間にかこの奇異な状況を当たり前のように受け入れてしまいます。


これら3作品に共通するのは、誰かを愛することによりさらに広がっていく世界と強くなっていく絆の力を感じさせられることでしょうか。
恋人にならなければ知り合うこともなかったであろう相手の家族や知人と知り合うようになって、恋人を介してさらに広がっていく人間同士のつながりに優しいスポットライトが当てられている短編集だと思います。
恋人を起点にしてさらに人間関係が広がっていくことが、恋人との絆をさらに深めることにつながるというのは本当に理想的な恋愛関係だなぁと思います。
ただ、人間関係が広がればぶつかり合ってしまうこともあります。
でも、人間には誰にでも長所もあれば短所もある。
恋人であっても時に理解できないところもたくさんある。
瀬尾さんのよいところは、そうした人間一人一人の個性を見きわめ、悪いところよりもいいところに目を向けようとするところだと思います。
人の長所を見つけるのが上手いというのは、現役の教員である瀬尾さんにとって大きな武器だと思いますが、作家としての瀬尾さんの強みにもなっているように感じます。
人の欠点を見てそれを非難するのは簡単、でも、よいところを探し出してそのよい部分をうまく引き出そうとする瀬尾さんの力によって、瀬尾さんの作品の登場人物たちは素晴らしい人間関係を築いていくことができるのです。
恋人だけでなく、家族や友人、職場など、人間関係に悩んだ時には瀬尾さんの作品を読みたいと思います。
☆4つ。