tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『学生街の殺人』東野圭吾

学生街の殺人 (講談社文庫)

学生街の殺人 (講談社文庫)


学生街のビリヤード場で働く津村光平の知人で、脱サラした松木が何者かに殺された。「俺はこの街が嫌いなんだ」と数日前に不思議なメッセージを光平に残して…。第2の殺人は密室状態で起こり、恐るべき事件は思いがけない方向に展開してゆく。奇怪な連続殺人と密室トリックの陰に潜む人間心理の真実。

東野圭吾さんの作品を全作読破(とりあえず文庫化されているものだけ)しようと思い立って早や○年…う〜ん、一体いつになったら読破できるのでしょうか(汗)
あんまり東野作品ばっかり読んでたら他の本が読めなくなっちゃうしなぁ。
とりあえず初期の作品から徐々に潰して行こうと思って、今回は『学生街の殺人』。
適度なボリュームがあって読み応えのある作品でした。


寂れた学生街から抜け出せず、親には大学院に通っていると嘘をついて、大学卒業後も就職せずに、はやらないビリヤード場でバイトを続ける主人公の光平。
自分が本当にやりたいことを探して、でも寂しい旧学生街からは離れられずに漫然とした日々を送ってきた光平の日常は、身近に起こった殺人事件をきっかけに大きく変化していきます。
殺人現場の第一発見者となり、愛する人を失い、新たな出会いがあり、思いがけない発見をし…。
事件の進展と共に、光平の人生も新たな局面を迎えるのですが、その過程が旧学生街の寂れた雰囲気と共にとてもよく描けています。
事件自体も一度は解決したかのように見えてその後意外な真相が明らかになるといった2段構えの謎解きが鮮やかで、ミステリとしても楽しめますが、やはりこの作品の一番の読みどころは、一人の青年のモラトリアムの終焉の過程ではないかと思います。
「自分は学生街を出て行かなければならない」と、自らの人生に真剣に立ち向かわなければならない時期が来ていると悟り始める主人公の心情と、事件の真相のやりきれなさとがあいまって、なんとも切ない余韻を残します。
でも、ラストシーンに続くのは、主人公の新たなる旅立ち。
不安半分、希望半分のラストで、読後感は悪くありません。
東野さんの文章は特に情感たっぷりというわけではないのに、こういう何かが終わっていこうとする切なさを描くと本当にうまいなぁと思います。


また、ビリヤードのゲーム内容、コンピュータ関連企業が開発するとあるシステムなど、東野さんの得意分野(?)に関しても詳しく書かれていて興味深いです。
特に、1987年に書かれた古い作品でありながら、近年よく聞くようになったSEやプログラマーといった職業の「35歳定年説」に近いことにすでに触れられているのに驚きました。
20年前にはすでに「35歳定年説」はあったのですね…20年経っても全く労働環境が改善されていないのがむなしいというかなんというか。
とにかくいち早くそういう話題を取り入れているあたり、さすが「取材好き」と言われる東野さんだけはあるな、と感心しました。
終盤にさりげなく東野さんの別のとある作品との繋がりを匂わせるのも、東野さんらしい粋な演出だなぁと思いました。
派手なところはありませんし、東野さんの代表作と呼べ得るような大作でもありませんが、見所が多くてなかなか面白い作品です。
☆4つ。




♪本日のタイトル:Mr.Children「くるみ」より