tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『震度0』横山秀夫

震度0 (朝日文庫 よ 15-1)

震度0 (朝日文庫 よ 15-1)


阪神大震災の朝、N県警本部警務課長・不破義人が姿を消した。県警の内部事情に通じ、人望も厚い不破が、なぜいなくなったのか? キャリア、準キャリア、叩き上げ、それぞれの県警幹部たちの思惑が、複雑に交錯する……。組織の本質を鋭くえぐる長編警察小説。

あ〜面白かった!
これまで横山秀夫さんの作品には面白さも感じるのですがその一方で苦手意識も感じていました。
『半落ち』は期待しすぎたのか読後に物足りなさが残ってしまったし、『クライマーズ・ハイ』は新聞社のドロドロした人間関係に引いてしまったんですよね。
この『震度0』もドロドロはしているんですが(横山作品を読むといつも思うのですが、女の職場はドロドロしているなどとよく言われますが男の職場の方がよっぽどドロドロしてますよね)、自らの保身に必死になって、なんとか自分に有利なようにと頭をフル回転させる警察幹部たちの姿が滑稽で笑えました。
ここまで現実離れして(それともこの警察の姿が真実だとでも…?)いると、引くのを通り越して面白いです。
横山さんご自身も意図的に思わず笑ってしまうような警察官たちの醜い姿を描こうとしたのではないかと思います。
だからこそこのタイトルなのでしょうね。
何千人もの死者を出した阪神大震災に比べれば、N県警で起こった「大事件」など激震でもなんでもなかった、と。
遠い場所で起こったとはいえ震災の被災地そっちのけで自分たちの身を守るために必死な警察幹部たちの滑稽さをあざ笑うタイトルだと思います。


N県警で起こった「大事件」とは、突然の警務課長の失踪。
なぜ姿を消したのか、どこにいるのか、無事でいるのか、謎が山積みの中、次第にさまざまな情報があちこちから浮かび上がってきます。
過去に関わった事件、接触していた人物、女性関係…。
これらの断片的な手がかりがどのように結びついてどんな真相が浮かび上がってくるのかと、気になってページを繰る手が止められませんでした。
それに絡んでくるのがN県警幹部たちのさまざまな思惑。
水面下で激しい情報合戦を繰り広げ、対立したり擦り寄ったり、事実を隠蔽したり密かに報告したり。
さらには彼らの奥さんたちまでもが、彼らとはまた別の熾烈な牽制合戦と情報収集を展開します。
警察内部って本当にこんな感じなのかなぁ…?
縁のない世界なので確かなことは言えませんが、かなり現実離れしている(もちろん自らの立場に固執し、自らの利益のために立ち回る人間はどこの世界にでも多かれ少なかれいるものですが)ように感じました。
逆にそれが私にとってはよかったのかも。
かなり誇張して描いているんじゃないかと思ったからこそ、フィクションとして楽しめました。
ある人物による真相暴露も、痛々しくてやりきれなくて物悲しさもありましたが、その一方でなにやら妙な痛快さもあったように思います。
そして最後は、はっきりと結末は描かれてはいませんが、一筋の光明が見え、希望の持てる終わり方でした。
醜い姿をさらけ出して愚かな争いを繰り広げたN県警幹部たちにも、警察官としての矜持と正義感は残っていると信じたいですね。


重厚な社会派警察小説や謎解きに注力したミステリなどを期待して読むと裏切られるでしょうが、未曾有の大災害との対比で浮かび上がってくる閉鎖的な組織の中の滑稽な人間模様を描いたエンターテイメントとしてはかなり面白いと思います。
実際に起こった災害を扱っているだけに賛否両論はあるでしょうが、私はこの作品好きですね。
☆5つ。




♪本日のタイトル:コブクロ「真実の口」より