tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『犬はどこだ』米澤穂信

犬はどこだ (創元推理文庫)

犬はどこだ (創元推理文庫)


開業にあたり調査事務所〈紺屋S&R〉が想定した業務内容は、ただ一種類。犬だ。犬捜しをするのだ。――それなのに舞い込んだ依頼は、失踪人捜しと古文書の解読。しかも調査の過程で、このふたつはなぜか微妙にクロスして……いったいこの事件の全体像とは? 犬捜し専門(希望)、25歳の私立探偵、最初の事件。新世代ミステリの旗手が新境地に挑み喝采を浴びた私立探偵小説の傑作。

切なくて痛い青春ミステリを得意とされる米澤穂信さんが新境地に挑んだ作品がこの『犬はどこだ』。
主人公をはじめ主な登場人物が全員20歳以上の大人であり、題材も日常の謎ではなく犯罪を扱っており、確かに今まで読んできた米澤作品とは少し毛色が違っていました。
ですが作品に漂う空気は間違いなくいつもの米澤作品で、その意味では違和感なく読みやすかったです。


主人公は病気により銀行を退職して田舎に戻ってきて、半年の療養生活(ひきこもり生活?)の後犬探し専門の調査事務所を立ち上げた紺屋長一郎という青年。
ところが友人の紹介でやってきた最初の依頼は、犬ではなく依頼者の孫娘を探してほしいというもの。
犬探しではないことにがっくりきつつも依頼を引き受けることにした紺屋の元に、さらに2つ目の依頼と、探偵として雇ってほしいという高校時代の部活の後輩・半田が飛び込んできます。
2つ目の依頼の内容は古文書の解読。
仕方なく紺屋は2つ目の依頼も引き受け、その調査員として半田を雇うこととなり、紺屋と半田はそれぞれに調査を開始します。
紺屋と半田が調査を開始するまでの物語前半部はユーモアたっぷりに描かれ、とても楽しく読みました。
だからこれはユーモア日常ミステリなのかな〜などと思っていたら、全く予想外なことに2つの調査には意外な接点が見え始め、調査をやめさせようと忠告する謎の怪しい男まで登場して、どんどんきな臭い方向へ。
紺屋が探している失踪人が失踪した理由が見え始めるあたりからはどんどん話がシリアスになって、最初のユーモアはどこへやら、雰囲気も重苦しくなりました。
そして、読後に残る余韻の重さ…。
この加速度的に変化していく物語の様相が米澤さんの持ち味かなぁと思います。
一昨年読んだ『夏期限定トロピカルパフェ事件』もラストの急速で意外な展開に大いに驚かされたものでしたが、『犬はどこだ』も『夏期限定〜』ほどではないものの、最初に抱いた印象と、読後の印象とがかなり違う意外な作品でした。


2つの全く異なるように思われた調査が意外なところから1本の線に繋がっていく展開はミステリらしい展開でワクワクしました。
ですが明らかになった真相は、辛く、悲しいものでした。
犬探し専門が希望だった紺屋は元々失踪人探しという依頼にあまり乗り気ではなく、探偵業に強い憧れを持っている半田と比べてあまり熱心ではなかったのですが、失踪人が巻き込まれた事件の真相を知り、失踪人が自分と似た事情を持っていると知るにしたがってだんだん感情移入するようになり、本気で調査に取り組むようになります。
紺屋にそうさせるだけの、悲しい事情が失踪人にはありました。
紺屋が失踪人を見つけようという強い決意を抱く場面での紺屋の言葉は胸に響きました。
都会で夢に破れ、故郷へ帰らざるを余儀なくされる人も現実に少なくないと思います。
そういう人を単なる「敗北者」という言葉で片付けてしまうのは寂しいなと思いました。
なぜなら、失踪人を必ず見つけ出すと決意して本気で動き出した紺屋の姿は、間違いなく生き生きと躍動的だったはずだから。
☆4つ。
書名に添えられた英文タイトル"The Citadel of the Weak"も、読み終えた後ではなんとも印象的で、胸に残った余韻をかみ締めさせられます。