tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『バッテリー IV』あさのあつこ

バッテリー〈4〉 (角川文庫)

バッテリー〈4〉 (角川文庫)


「戸村の声がかすれて、低くなる。『永倉、おまえ、やめるか?』身体が震えた。ずっと考えていたことだった…」
強豪校・横手との練習試合で打ちのめされ、敗れた巧。キャッチャーとして球を捕り切れなかった豪は、部活でも巧を避け続ける。監督の戸村はバッテリーの苦悩を思い決断を告げる。キャッチャーを吉貞に―と。同じ頃、中途半端に終わった試合の再開を申し入れるため、横手の天才スラッガー門脇と五番の瑞垣が新田に現れるが!?
三歳の巧を描いた文庫だけの書き下ろし短編「空を仰いで」収録。

さぁ、物語はいよいよ後半へ。
…が、巧と豪のバッテリーは絶体絶命の危機に…!!


いやまぁ、なんと言うか、どこまでも甘さを排除した、すごくストイックで厳しい物語ですね。
子ども向けの作品だなんて思えないくらいに。
この厳しさは上橋菜穂子さんの「守り人シリーズ」とも通じるところがあると思いますが、厳しさの度合いは「バッテリー」の方がずっと上のような気がします。
前巻『バッテリー III』は名門・横手東中学野球部との練習試合が始まるというところで終わりました。
いよいよその試合の様子が読めるのかとワクワクしながら本を開きましたが、なんかいきなり試合が終わってしまっているようなので拍子抜け。
しかも巧と豪の様子がおかしい??
とても不安な気持ちにさせられ、ワクワクは一気にドキドキに変わって、恐る恐る読み進めることになりました。
横手東の天才バッター・門脇は三振に取ったものの、その後緊張感が切れてしまった豪のキャッチングの構えはガタガタに崩れ、それに呼応するように巧のピッチングもガタガタに。
2人は屈辱の敗北を喫し、バッテリーとして向き合うことができなくなってしまいます。
やがて立ち直ってまた投げたいと思い始める巧に対し、豪の方はなかなか巧のキャッチャーに戻れなくて…。
ま、敗北や挫折はスポーツ小説には必須の展開ですよね。
そこから這い上がって、抜け出して、再び歩みだす再生の過程も。
巧は周りが心配したよりはわりとあっさりと立ち直るのですが、豪は迷路に迷い込んだような状態から抜け出すことができないままです。
これまでのシリーズを読んできて、豪は気遣いができて思いやりがあって本当に気持ちのいい子だから、こうして苦しんでいる様子を読まなくてはならないのは辛いですね…。
でも、そんな豪に対する巧の接し方はいいなと思いました。
まぁもうちょっと気遣いの言葉や態度があってもいいんじゃないの、とは思うけど(笑)、巧の巧らしい部分(自己中心的だとか、自信過剰だとか、他人に関心がないとか…)と向き合っていくことに自信を失ってしまっているのだから、その巧本人から巧らしくない思いやりや励ましのこもった言葉をかけられたって、豪が抱える問題は解決しないのです。
巧と再び向き合い、巧とバッテリーとしてやっていくためには、豪自身が自分で答えを見出して、乗り越えていかなければならないのです。
それをちゃんと察している巧はやっぱり本物の天才かも…って。
それに、他人は関係ないとか豪のことが分からないとか言いながら、ちゃんと豪のこと、観察してある程度の理解もしてるんじゃない…って。
それがすごくうれしかったです。
そうそう、それにちょっとした巧の変化にも気づきました。
チームメイトとふざけている時などに、ほんの少しだけど、方言を使うようになったのです。
これってかなりいい方向への変化なんじゃないかな、と読んでいて顔がにやけてしまいました(怪しい…)。
方言って大事ですもんね。
自分のアイデンティティを意識するためにも、同じ土地の人たちとのつながりを感じるためにも。
どちらも巧には必要なことだと思うのです。


巧と豪以外では、横手東の幼なじみコンビである門脇と瑞垣も印象に残りました。
ペラペラと口が軽くていつもおちゃらけているように見える瑞垣が、子どもの頃から天才と呼ばれ続ける名スラッガーの門脇に対して、憎しみのような妬みのような嫌悪のような、一言では言い表せない複雑な感情を抱いているというところにハッとさせられました。
そうだよね…「天才」をテレビで見ている分にはいいけど、実際に人並み外れた天才が身近にいたら、大変だろうなぁ…。
豪が巧との付き合い方に思い悩み、自信を失ってしまったように、瑞垣も天才・門脇を幼なじみに持って、いろいろと苦しい辛い思いもしてきたんだと思います。
ふざけてるように見える人だって、裏側ではいろいろな苦労も悩みもあるのが当たり前です。
そうした苦労や悩みなど自分の負の部分を見せずに明るく振舞える瑞垣も、ある意味門脇とは別の次元の「天才」なのかもしれないと思いました。
豪はそんなに器用な性格ではなさそうだし、真面目で純粋な子だから瑞垣以上に苦労しそうだけど、なんとか壁を乗り越えていけそうでホッとしました。
豪、頑張れ。
もちろん巧もね。
☆4つ。




♪本日のタイトル:平井堅「Life is...」より