tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『バッテリー』あさのあつこ

バッテリー (角川文庫)

バッテリー (角川文庫)


そうだ、本気になれよ。関係ないこと全部すてて、おれの球だけを見ろよ。
中学入学を目前に控えた春休み、父の転勤で岡山の県境の街に引っ越してきた巧。ピッチャーとしての自分の才能を信じ、ストイックなまでにセルフトレーニングに励む巧の前に同級生の豪が現れ、バッテリーを組むが…。

「バッテリー」シリーズ全6巻、一気に読みたいと思って時機を狙っていたら、思いっきり野球のオフシーズンになってしまいました。
でも真夏の甲子園の話とかではないので、野球熱が完全に冷めているこの時期に冷静に読めたのはよかったかも。
でも危うく積読になったまま季節が1周してしまうところだったなぁ(^_^;)


映画化もされた話題作ですから(NHKでドラマ化も進んでいるようですね)、今さら私がごちゃごちゃ作品について説明する必要もないと思います。
でも「野球小説」としか知らずに読むと、ちょっと肩透かしを食らうでしょうね。
だってこのシリーズ1作目に至っては、野球らしいシーンなんてほとんど出てこないのですから。
試合の場面はおろか、まともな野球チームだって登場しません。
ただ…ピッチャーの巧と、キャッチャーの豪との運命の出会いが描かれているだけ。
それでも、初めて豪が巧の球を受けるシーンには、緊迫した試合を見ているかのようなドキドキワクワクした感覚を味わいました。
すごいですよね、ただ球を投げているだけ、受けているだけ、なのに。
巧がいかに才能あふれるピッチャーか、豪がいかに巧の女房役にふさわしいキャッチャーか、よく伝わってきます。
熱血スポ根マンガのような展開を期待していると期待はずれかもしれませんが、私には十分に野球というスポーツの魅力の断片が伝わってきました。
ああ、早く試合の場面が読んでみたい!


でも、この作品で著者のあさのあつこさんが描きたかったものは、野球そのものというよりは、中学生という難しい年頃の少年たちの輝きなんじゃないかと思います。
巧も豪も、他の登場人物たちも、みんな長所も短所も含めて生き生きとリアルな人物像が描かれていますよね。
巧は確かに素晴らしい実力と可能性を秘めたピッチャーなんだろうけれど、天才肌で、俺様体質で、自信過剰で、融通が利かなくて…大人の目から見ると「可愛くないガキ」です。
きっとその性格のせいでこれからいろんな壁にぶち当たっていくのだろうというのが目に見えるようです。
それに比べると、人に対する思いやりがあって、気遣いもできる豪は気持ちのいい子どもで、巧よりずっと安心して見ていられます。
でも…巧だってまだまだ中学生になる直前の12歳。
可愛いところもないわけではないと思うんですよね。
たぶん、巧は責任感や正義感の強い真面目な子どもなんでしょうね。
病弱な弟がいるからこそ、自分がお兄ちゃんとしてしっかりしなくてはと、本当はお母さんをはじめ周りの人たちに甘えたい気持ちをぐっと抑えて、そうして気がついたらもう反抗期にさしかかってたんでしょうね。
素直になろうと思っても、もう戻れないんでしょうね。
決して人の気持ちを全然察することのできない子ではないので、いかに素直じゃなくて自信たっぷりでも、なんだか憎めなくて、もしかしたら私にもこういう部分があったかもしれないなぁと思わせてくれます。
そんな巧が性格的にも技術的にも優れたキャッチャーの豪と出会って、これからどんなバッテリーを組んでどんな成長を見せてくれるのか、先を読んでいくのが楽しみです。
☆4つ。