tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『少女には向かない職業』桜庭一樹

少女には向かない職業 (創元推理文庫)

少女には向かない職業 (創元推理文庫)


あたし、大西葵13歳は、人をふたり殺した……あたしはもうだめ。ぜんぜんだめ。少女の魂は殺人に向かない。誰か最初にそう教えてくれたらよかったのに。だけどあの夏はたまたま、あたしの近くにいたのは、あいつだけだったから――。これは、ふたりの少女の凄絶な《闘い》の記録。『赤朽葉家の伝説』の俊英が、過酷な運命に翻弄される少女の姿を鮮烈に描いて話題を呼んだ傑作。

ちょうどこの作品を読んでいるところに、桜庭一樹さんが『私の男』で第138回直木賞を受賞されたというニュースが飛び込んできました。
桜庭さん、おめでとうございます!
今回の直木賞の候補作はよく分からないラインナップだなぁと思って候補作決定のニュースはスルーしたのですが、ふたを開けてみれば今回は芥川賞ともども意外と素直な選考結果になったみたいですね。
まあたまにはそういうこともないとね(笑)


さて、『少女には向かない職業』ですが、読んでいる間中ずっと胸がざわざわして落ち着かない気持ちになりました。
なんと言うか、うまく言えませんが非常に心をかき乱される作品です。
主人公は中学生の女の子、葵。
葵はちょっと変わったクラスメート・静香と不思議な友情関係を築いていきます。
その葵と静香がやがて共謀して殺人を犯すに至る過程を描いた、ちょっと衝撃的なストーリーです。
葵も静香も、家庭に恵まれていないだけで、普通の女子中学生です。
別に悪い子でも不良でもなんでもない。
普通の少女たちが、大人たちの言う「キレる子ども」になってゆく、その姿が実に哀れで、痛ましい。
2人とも何も悪いことはしていないのに。
ただ、他の人たちと同じように幸せになりたかっただけなのに。
義父がアル中だとか、母親が自己中だとか、気になる男の子に可愛い彼女ができてしまったりとか、女友達に誤解されて仲間はずれにされたりいじめられたりとか、そんなうまくいかない自分の人生への不満が積もりに積もって、追い詰められて、そうして行き着いた先が殺人だなんて悲しすぎる。
作中にも「少年犯罪」という言葉が出てきますが、葵と静香がやったことを「少年犯罪」という現代社会の象徴のような言葉でひとくくりにするのがためらわれるのは、彼女たちがあまりにも普通だからではないかと思います。
昔少女だった人なら誰にでも、きっと彼女たちとの共通点があったはずです。
自分の気持ちをうまく友達や親や先生に伝えられなくてもどかしい思いをしたり、家での顔・学校での顔・外での顔を使い分けたり、女の子同士の複雑な人間関係にうんざりしたり、好きな男の子の鈍さやデリカシーのなさにイライラしたり。
葵の気持ちがよく分かってしまうからこそ、読んでいて辛く、苦しい気持ちになります。


そんな作品なので後味は決してよいものではありません。
むしろ重苦しい、やるせない気持ちが後々まで尾を引いて残ります。
それでも不快ではないのは、情景描写が素晴らしいからかな。
葵と静香の心情を表すように色を変えていく繊細な情景描写が強く印象に残りました。
ライトノベル風の文体からは想像もつかない重いストーリーなので、万人に薦められるとは言えませんが、読後確実に心に何かを残してくれる作品です。
☆4つ。