tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『夢の守り人』上橋菜穂子

夢の守り人 (新潮文庫)

夢の守り人 (新潮文庫)


人の夢を糧とする異界の“花”に囚われ、人鬼と化したタンダ。女用心棒バルサは幼な馴染を救うため、命を賭ける。心の絆は“花”の魔力に打ち克てるのか? 開花の時を迎えた“花”は、その力を増していく。不可思議な歌で人の心をとろけさせる放浪の歌い手ユグノの正体は? そして、今明かされる大呪術師トロガイの秘められた過去とは? いよいよ緊迫度を増すシリーズ第3弾。

昨年の各種文庫ランキング(「ダ・ヴィンチ」や「本の雑誌」など)では、『精霊の守り人』が堂々の1位を独占しました。
思った以上に多くの人が「守り人シリーズ」を読んで、心揺さぶられた証だと思います。
もともと児童書だったこのシリーズが文庫化により新たな読者層を開拓したことは、本が好きな人にとっても、このシリーズにとっても、出版界にとっても素晴らしいニュースではないかと思います。
まだまだ出版界にはこうした隠れた名作が埋もれていて、大きなヒットを生み出す可能性を秘めているのかもしれません。


で、この『夢の守り人』は「守り人シリーズ」の3作目。
今回は人々の夢を利用する異世界に囚われてしまった幼なじみのタンダを救うため、バルサや、タンダの師匠・トロガイ師、そして1作目『精霊の守り人』でバルサとタンダに助けられた新ヨゴ皇国の皇太子・チャグムが活躍します。
前2作と異なり、「人の夢の中」が舞台なので、「守り人シリーズ」の特徴の一つでもある派手なアクションシーンは今回はあまり登場しませんが、トロガイ師の意外な過去が明らかになったり、バルサやタンダのそれぞれの人生に対する深い思いなど、見所はたっぷり。
特に今作は、このシリーズの本来の読者である少年少女よりも、ある程度年齢を重ねた大人の方が、共感できる部分は多いのではないかと思います。


タイトルの「夢」には、眠る時に見る夢と、こうなりたいと願う憧れの夢との、2つの意味が掛けてあります。
この2つの共通点は、「現実とは異なる」ということ。
辛かったり、苦しかったりする現実を生きなければならない人間にとって、夢は美しく輝く宝石のようなものです。
夢を思うと現実が対照的に際立ってくるから、夢にはノスタルジーや儚さや切なさが伴うのかもしれません。
それを考えると、バルサとタンダの年齢が30歳を越えているという設定が一番うまく生かされているのはこの作品かもしれないと思います。
彼らの世界での平均寿命はどうやら60〜70歳程度のようなので、バルサもタンダも人生の半分を生き、折り返し地点に差し掛かったことになります。
来し方を振り返ってみると、そこには分岐点がたくさんあったことでしょう。
人生の岐路において選ばなかった、もしくは選ぶことのできなかった道の先にあったかもしれない、「別の人生」に思いを馳せる気持ちが、10代の少年少女に果たして理解できるのでしょうか。
…いや、分かってたまるか(なぜかむきになる私)。
それが分かる年齢のバルサやタンダだからこそ、幼いチャグムに「生きるということ」を教えることができ、そしてそれはそのまま若い読者へのメッセージとなるのです。

「別の人生って、なんだろうね、チャグム。
(中略)
おれにはね、人がみんな、<好きな自分>の姿を心に大事にもっているような気がする。なかなかそのとおりにはなれないし、他人にはてれくさくていえないような姿だけどね。
少なくとも、おれはその姿をもって生きてきた。そして、どうしたらいいかわからない分かれ道にやってきたら、どっちに歩んでいくほうが<好きな自分>かを考えるんだ
(中略)
最後の決断は、おまえのものだよ。――こういうと、ずるく聞こえるかい?」


198ページ 8行目〜199ページ 8行目

タンダがこうして人生について語ってくれたこと、大切なものを守って戦うバルサがその背中で教えてくれたことを胸に、チャグムはいつの日か、人の痛みの分かる、立派な帝になるでしょう。
それと同じように、このシリーズを読む少年少女たちも、自分自身で選択をしながら人生を切り開いて、立派な大人になってくれたら、と願ってやみません。


ところで、チャグムにすら「なんでああ不器用なのか」と心配されてしまうバルサとタンダが結ばれることは、もうないのでしょうかね…。
本作を読んでいて、なんとなくそんな感じがしてしまったのです。
バルサは戦い続ける人生しかもう選べなくて、タンダはそんなバルサを待ち続けるしかないんじゃないかと。
精霊の守り人』で、タンダがバルサに向かって、「すべてが終わったら、チャグムと一緒にずっと3人で暮らさないか」と言うシーンがあります。
バルサは戦いをやめられないし、チャグムは帝になる人生を選ぶ決意をし始めているのですから、このタンダの願いは永遠に「夢」のままなのでしょう。
でも、バルサもチャグムも本心ではタンダと同じ願いを持っているし、バルサが最終的に帰ってくる場所はタンダのところしかない―。
そのことはタンダもよく分かっていて、だからこそタンダは自ら「永遠にバルサを待ち続ける」という<好きな自分>へと続く道を選んで歩んでいくのではないかなと思います。


異世界の話がちょっとややこしくてよく分からない箇所もありましたが、やっぱり「守り人シリーズ」は「生きる」という壮大なテーマに真っ向から立ち向かう、力強い作品でした。
☆5つ。