tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ガセネッタ&シモネッタ』米原万里

ガセネッタ&(と)シモネッタ (文春文庫)

ガセネッタ&(と)シモネッタ (文春文庫)


国際会議に欠かせない同時通訳。誤訳は致命的な結果を引き起こすこともあり、通訳のストレスたるや想像を絶する…ゆえに、ダジャレや下ネタが大好きな人種なのである、というのが本書の大前提。「シツラクエン」や「フンドシ」にまつわるジョークはいかに訳すべきかをはじめ、抱腹絶倒な通訳稼業の舞台裏を暴いたエッセイ集。

米原万里さんが少女時代を過ごしたチェコやソビエト時代のロシアについて書かれた『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』『オリガ・モリソヴナの反語法』とは異なり、通訳者としての思いや仕事上のエピソードなどについての短いエッセイをまとめた本です。
ユーモアたっぷりの笑える話から真面目な国際論まで、さまざまな文章が読めてなかなか楽しかったです。


私は通訳、特に同時通訳を仕事にしている人をとても尊敬しています。
なぜなら、これは私にはとても無理だと思うからです。
米原さんのような、国際会議で通訳ブースに入って同時通訳をするような一流通訳者ともなると、耳でスピーカー(話者)の話を聞き取りながら右手でメモを取りつつ左手で辞書を引き、口からはどんどん訳をアウトプットしていくという神業を繰り広げるのです。
いや、どう考えてもトロくさくて一度に複数のことをやろうとするとパニックになってしまう私には絶対に無理。
通訳者って、語学力の問題ではないのです(もちろん高い語学力は要求されますが)。
頭の回転の速さと、話者がどんな発言をしても臨機応変に対応できる柔軟性と、緊張感あふれる職場の空気を緩和するユーモアセンスがなければいけないのです。
この本を読めば、米原さんがまさにこの3つの能力を十二分に備えた優秀な通訳者であったということがよく分かります。
米原さんは日本の同時通訳者の中でも一番か二番目くらいに稼いでいたという話をどこかで読んだことがありますが、さもありなんと思いました。
ロシア語通訳という貴重な存在(英語の通訳者は掃いて捨てるほどいますからね)であったことももちろん影響しているのでしょうけれど。
少しでも米原さんの「技」を盗みたいなどと思いつつ、でも米原さんと私とでは根本的に頭の出来が全然違うように思えて(実際そうなのでしょうが)、ちょっと自信を失いそうにもなりましたが、翻訳についても物事の考え方についてもこの本の中にはヒントとなるような文章がたくさんあり、とても参考になりました。


特に印象的だったのは、英語一辺倒の日本の現状に警鐘を鳴らすくだり。
よく私の母が、某通信教育のCMで、日本人の子どもが外国人の子どもに向かって"Join us."と呼びかけるのに対して、「外国人やからって英語が通じるとは限らへんやろう」と突っ込んでいるのを思い出しました。
実際海外に行くと意外なほど英語が通じない場所が多いですよね。
ヨーロッパでは通じそうな気がするのですが、フランスではほとんど通じず、超片言のフランス語(ほとんど挨拶くらいしか出来ないレベル…)の方がよっぽど役に立ちました。
イタリアなんかも同じような感じだそうです。
私の友人は、中国(それも上海のような大都市)で"toilet"のような簡単な単語すら通じず、結局メモ用紙に漢字を書いて筆談したと言っていました。
英語をしゃべっている地域であっても、訛りが強くて結局何を言っているのかさっぱり分からない、というケースもありますしね…。
「英語力を身につけること」=「国際人になること」ではない、という米原さんの主張に、私自身も身の引き締まるような思いがしました。
私も米原さんが言うように「時々英語以外の言語にも浮気」してみなきゃなぁ。


通訳という仕事に興味のある人、英語に限らず語学を学んでいる人におすすめの1冊です。
☆4つ。