tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『リピート』乾くるみ

リピート (文春文庫)

リピート (文春文庫)


もし、現在の記憶を持ったまま十ヵ月前の自分に戻れるとしたら? この夢のような「リピート」に誘われ、疑いつつも人生のやり直しに臨んだ十人の男女。ところが彼らは一人、また一人と不審な死を遂げて……。あの『イニシエーション・ラブ』の鬼才が、『リプレイ』+『そして誰もいなくなった』に挑んだ仰天の傑作。

先日読んだ同じ作者の『イニシエーション・ラブ』が面白かったし、タイムトラベルものはけっこう好きだし、ということで迷わず手に取りました。
面白かったと同時に、非常に心理的に恐い作品でもありました。
しかしこれまた『イニシエーション・ラブ』に引き続き感想が書きにくい作品ですね…。
何書いてもネタばれになりそうで。
ま、頑張って書いてみます(^_^;)


主人公の毛利は大学生。
ある日、風間と名乗る見知らぬ男から電話がかかってきて、いきなり地震の予知をされる。
そして予告された日時に、予告されたとおりの震度の地震が起きた。
なんと風間はある時点からその時点の記憶を持ったまま過去の自分に戻るということを繰り返しており(これを「リピート」と呼ぶ)、その地震についての記憶があったために予知ができたのだという。
毛利は他の選ばれた仲間たちと共に、風間の導きで自らも10ヶ月前の自分に戻る。
すでに結果を知っている競馬のレースで儲け、本性はひどい女だと分かっている彼女とも別れて、彼の人生はリピート前の人生よりもよくなるはずだったのだが…。


これは、肉体ごと過去に戻る(戻った先の世界では、過去の自分と過去に戻った自分の2人の自分が存在することになる)タイプのタイムトラベルではなく、記憶だけが過去の自分の中に戻るというタイプのタイムトラベルを描いた作品です。
面白いのは、そのタイムトラベルを何度も繰り返すことも可能だということ。
何度も何度も同じ10ヶ月間を繰り返すことができる…それはすなわち、何度でも人生をやり直しできるということを意味します。
何度も繰り返すことなく、一度過去に戻った後そのままずっとタイムトラベル後の世界で人生を続けていくこともできますが、この場合はタイムトラベルを行った時点にタイムトラベル後の世界の時間が追いついた後は、タイムトラベルした利点は全くなくなってしまいます。
このあたりが少しややこしいのですが、作品中で丁寧にいろんな例を挙げて説明してくれているので、数学や物理には弱い私の頭でもなんとか理解できました。
なかなか魅力的な時間旅行のようにも思えますが、やはりというかなんというか、タイムトラベルにはパラドックスが付き物なのでしょうか。
やがて毛利はタイムトラベラー特有のジレンマに陥り、思い悩み、果てにはどす黒い感情すら持つようになっていきます。
記憶を持ったまま過去に戻り、未来に何が起こるかあらかじめ知っているという利点を生かして前よりも少しよい人生を送ることだけが目的だったはずが、徐々に歯車が狂ってゆき、人生をリセットしてやり直したいという欲望にとらわれていくというその変化の過程が面白く、なおかつ恐く感じられました。
「人生はやり直しがきかない」ということが分かっているからこそ、人はよい人生を送るための努力をして結果的にはやり直しのきく人生よりもよい人生を送れるのかもしれません。
よく「もしも過去に戻れるとしたらいつに戻りたい?」という質問がありますが、私はこれに「戻りたくない」と答えます。
戻ったところで私は私。
生まれ変わるわけではないので、記憶を元に多少は戻る前と違った人生を送れるかもしれませんが、性格や能力が同じなら、その性格や能力で可能な範囲内でしか人生は変えられないと思うんですよね。
結局はそうガラッとよい方向に変化することはないんじゃないかなぁと。
だったら未来に目を向けて、よりよい未来を目指して今自分にできることを頑張るように心がけた方が、よりよい人生に繋がる気がします。


ところでこの作品は『イニシエーション・ラブ』同様、恋愛小説としての側面もあるのですが、なんだか乾くるみさんの書く男女って、どちらも恋愛に関しては軽いというか、いい加減というか…。
というか基本的に乾さんの作品の登場人物には「根っからのいい人」はあまりいない気がします。
極悪人というほどではないけれど、みんな妙にしたたかだったり、冷酷な部分があったり…ちょっとブラックな側面を持っていますね。
そのあたりが少々読後感の悪さにつながっているような気もしますが、エンタメ小説としてはとても面白いと思います。
☆4つ。