tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『硝子のハンマー』貴志祐介

硝子のハンマー (角川文庫 き 28-2)

硝子のハンマー (角川文庫 き 28-2)


日曜の昼下がり、株式上場を目前に、出社を余儀なくされた介護会社の役員たち。厳重なセキュリティ網を破り、自室で社長は撲殺された。凶器は?殺害方法は?推理作家協会賞に輝く本格ミステリ

ホラーが苦手なので貴志祐介さんは私には縁のない作家さんだったのですが、「ミステリもけっこういける」という話を聞きつけて『青の炎』だけ読みました。
あの作品はラストシーンが衝撃的で印象に残っています。
今回の『硝子のハンマー』は本格ミステリ。
久々にロジカルな本格ミステリの世界に浸りました。


この作品は2つのパートに分かれています。
最初のパートは、介護サービスの会社で密室殺人事件が起こり、美人で知的な女性弁護士・純子と、防犯の専門家・榎本がコンビを組んで事件の謎を解いていくという筋書きになっています。
榎本が探偵役で、純子がワトソン役なのですが、このコンビがなかなか面白かったです。
どんな鍵でも容易に開けてしまう榎本はどう見ても探偵というよりは泥棒。
警察に知り合いもいたりなんかして、なんだかちょっと怪しげ。
彼の防犯セキュリティに対する知識には専門用語がマニアックでよく分からない話も多々ありましたが、「へぇ〜」と気にせず読めました。
一方の純子は、弁護士というくらいですから確かに頭はよいのでしょう、必死に頭を働かせてさまざまな推理を導き出しますが、その多くはバカミスっぽいトンデモ推理。
ツッコミどころ満載の推理の数々には笑わされました。
ですがそれは全部、冤罪で警察に拘留されてしまった依頼人を助けたいと思ってのこと。
一生懸命さが伝わってきて、好感は持てました。
この2人があれこれ推理し、仮説を立てて、綿密に検証しながら可能性を一つ一つつぶしていく過程が非常に面白かったです。
特に榎本の推理は論理的で説得力があり、泥棒っぽくもありながら探偵っぽくもあるというのがなんとも可笑しかったです。
「ヘンな人」であるところまで含めて探偵っぽいですね。
「防犯探偵」というのも今までにないタイプの探偵で、なかなか考えられているなと感じました。


そして後半パートはいきなり1人の人物に焦点が絞られます。
その人物こそが犯人であり、このパートはその人物が犯行に至った過程を時間軸に沿って綿密に描く、倒叙ミステリの形をとっています。
犯人の正体に気づいたときは、全く予想もしていなかった(というか完全に意識の外側にいた)人物だったので本当に驚かされました。
そしてその犯行の手口にも…。
犯人が念入りに下準備をして殺人を実行する過程は面白く、ドキドキしたけれど、ちょっとこのトリックは素人じゃ思いつかないかな。
何の知識もない読者が推理してこのトリックを見破るというのは不可能でしょう。
もう少し、読者にも推理の余地を残しておいて欲しかったなというのが少し残念ですが、前半部に出てきた何気ないシーンがトリックのヒントになっていたということに気づいた時は感心しました。
また、犯人の犯行に至るまでの経歴や心理状況は非常に面白かったです。
ラストは切なく、思わず犯人に同情しかけましたが、どんな理由があろうとも殺人はやっぱり許されるものではありませんね。


巻末には法月綸太郎さんとの対談も収録されていて、こちらも面白かったです。
「貴志さんは取材魔」かぁ…なるほど。
久々に読み応えのある本格ミステリでした。
☆4つ。