tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『サウスバウンド』奥田英朗

サウスバウンド 上 (角川文庫 お 56-1)

サウスバウンド 上 (角川文庫 お 56-1)


サウスバウンド 下 (角川文庫 お 56-2)

サウスバウンド 下 (角川文庫 お 56-2)


小学校六年生になった長男の僕の名前は二郎。父の名前は一郎。誰が聞いても「変わってる」と言う。父が会社員だったことはない。物心ついたときからたいてい家にいる。父親とはそういうものだと思っていたら、小学生になって級友ができ、ほかの家はそうではないらしいことを知った。父はどうやら国が嫌いらしい。昔、過激派とかいうのをやっていて、税金なんか払わない、無理して学校に行く必要などないとかよく言っている。家族でどこかの南の島に移住する計画を立てているようなのだが……。

あ〜、面白かった!
楽しみにしていた『サウスバウンド』、期待通りとても面白かったです。


主人公で小学校6年生の上原二郎の父は元過激派。
昔はどこぞの組織に属していていろいろやんちゃなことをやり、さまざまな伝説を作った筋金入りの過激派だったらしいが、3人の子どもの父親となった今は組織からは離れているものの、権力やお上や公務員が大嫌いなのは変わっていない。
家庭訪問にやってきた二郎の担任の若い女性教師に「もし二郎が君が代を歌うことを拒否したらどうする?」などと訊き、修学旅行費が高いと言って、学校に乗り込んでいって旅行費の明細を開示するよう校長先生に迫っちゃうような人物です。
正直こんな人が身近にいたら迷惑だろうなぁと思うし、「普通のお父さんがよかった」と嘆く二郎の気持ちもよく分かります。
でもこのお父さん、なんだかとってもかっこいいんですね。
ある事件をきっかけに沖縄の石垣島へ移住する上原家。
引っ越した先は電気も水洗トイレもない廃屋。
今まで東京で都会暮らしをしていたにもかかわらず、突然石垣島へ引っ越して、そこで畑を耕したり漁に出たりして自給自足の生活を始めてしまうその行動力と野性味。
そして、リゾートホテル建設のためにその廃屋から立ち退きを命じられ、たった一人で(実際には援軍もいたのですが)角材を構えて開発業者に立ち向かうその荒々しい勇姿。
破天荒で常識外れの乱暴者などと形容したくもなってしまいますが、実際のところ、このお父さんにはもちろん欠点もたくさんあるけれど、根はとてもいい人なんじゃないかと思えます。
自分なりの正義感と価値観をきちんと持っていて、それは何が起ころうとも決して揺るぐことなく、全ての言動にその正義感と価値観が貫かれている。
今時珍しいような、そんな一本気な人なのです。
例えそれが世間の常識からは外れていようとも、自分が正しいと思うことを貫ける強さを持っている人が、この社会に一体何人いるでしょうか。
ほとんどの大人はこのお父さんの言動をただ遠くから眺めて野次馬的に面白がっているだけだといった趣旨の文章が本文中に出てきますが、全くその通り。
私自身、自分の身を顧みると、政治や公務員に対して文句は言っていても、その文句を具体的な抗議行動に移すほどの勇気と思い切りはありません。
きっとほとんどの「常識的な大人」がそうなのでしょう。
だから、口先だけではなく、自分の正義と価値観をそのまま行動に移してしまうお父さんが、とてもかっこよく、またうらやましく思えるのです。


東京で暮らしていた頃は常識外れの父にうんざりし、軽蔑すらしていた二郎や他の家族も、石垣島で「野性味を取り戻した」父の魅力に気付き、だんだん家族の絆を深め、結束力を高めていきます。
東京に比べると娯楽も少なく、不便なことも多い石垣島ですが、皆家族のように助け合って暮らす島の人々の温かさと豊かな自然の中、上原家は本当の幸せをつかんだように思えました。
決して文明社会の便利さや、国家や政府、警察や学校などといったものを否定している作品ではないですが、それでもそういったものとは関係のないところに本当の幸せは見つけられるのだ、ということを示してくれる作品です。
☆5つ。