tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『さよならの代わりに』貫井徳郎

さよならの代わりに (幻冬舎文庫)

さよならの代わりに (幻冬舎文庫)


「私、未来から来たの」。駆け出しの役者・和希の前に現れた謎の美少女。彼女は、劇団内で起きた殺人事件の容疑者を救うため、27年の時を超えてやって来たと言うが……。

貫井徳郎さんの作品は久しぶりに読みました。
これまでに私が読んだ貫井作品はけっこう硬質で重いタッチのものが多かったのですが、今回はタイムトラベルを題材にしたSFミステリで、心優しくお人よしな若い男性を主人公にしたコメディータッチの作品です。
少々新鮮な感じもしましたが、テンポがよく軽快な文体と展開でぐいぐい物語に引き込まれるリーダビリティの高さはさすがは貫井さんだと感じました。


西暦2010年生まれの女の子・祐里(ゆうり)の祖父はある殺人事件の犯人として誤認逮捕され、殺人犯扱いを受けたおかげで祐里の父や祐里自身も世間から阻害されて生きてきた。
そんな中ひょんなことから事件が起きた時代へとタイムスリップした祐里は、自分の手で事件の発生自体を防ぐことができないか、もしくは事件の真犯人を突き止められないかと奔走します。
この物語は全て、主人公である貧乏劇団員の和希の視点から語られます。
清楚なお嬢様風の祐里に惹かれる和希ですが、さすがに「未来から来た」という祐里の告白はなかなか信じることができません。
それでも根が優しい和希は祐里の言動に振り回された挙句、結局は彼女に協力していきます。
この祐里に振り回される和希の姿が少々滑稽で、それでいて彼の人柄のよさが伝わってきて憎めない感じがとても面白かったです。
相手が可愛い女の子だからってちょっと甘すぎるんじゃないか?とか、タイムスリップの話が信じられないならそう簡単に祐里の言うことを聞いてしまっちゃ駄目だろうとか、ちょっとイライラさせられるのも事実なのですが、和希が本当に人の良い根っからの好青年であり、困っている祐里を見て放っておけないという気持ちが伝わってくるからこそ、読者としても彼を嫌いにはなれず、ついつい応援したい気持ちになってしまいます。
そうやってうまく読者を主人公に共感させて物語に引き込んでから真相を明かし、一気に切ないラストへと引っ張っていく展開の仕方がとてもうまいなと思いました。


ミステリとしてはトリックと言えるようなものは1つしかなく、しかもとても単純なものなのですが、タイムトラベルにまつわる謎解き部分は面白く感じました。
タイムトラベルものの性質上、結末は最初から決まっています。
その決まってしまっている結末を変えることができるかというのがSFミステリとしてのこの作品の肝であり、見所ですが、この手のタイムトラベルものの中でも非常に共感しやすい結末に落ち着いています。
それによって、タイムトラベルに付き物のパラドックスに関する疑問にもうまく対処していますし、ラストの感動を生み出していると思います。
タイムトラベルものはけっこう好きで、これまでにも何冊も読んでいるのですが、作者によってタイムトラベルの捉え方にもいろいろあるものですね。
貫井さんの捉え方は宮部みゆきさんのそれに似ているように思いました。
もしも運命があらかじめ決まっているもので、変えることはできないものであったとしても…よりよい結果になるようにあがき、努力してみることは、決して無駄なことではないと思います。


ミステリとしては物足りなさも感じますが、なかなか楽しく読めました。
☆4つ。