tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『天使の歌声』北川歩実

天使の歌声 (創元推理文庫)

天使の歌声 (創元推理文庫)


まだ見ぬ父親に会うため秋庭邸を訪れた一登は、そこで言語能力を持たない弟に出会う。彼は言葉を話せない代わりに、聞くものの心を癒す〈天使の歌声〉を発することができた。その弟をめぐってある悲劇が起きる。そして6年後、一通の手紙によって一登はふたたび秋庭邸を訪れた。探偵・嶺原克哉が出合った6つの難事件。多重どんでん返しが魅力の連作集を文庫オリジナルで贈る。

初めて読む作家さんです。
名前から考えて女性ですよね…?(はてなキーワードによると覆面作家なんですね…ということは性別不明なのかな)
ですが文体はすごく男性的だなぁと思いました。
感情を極力排除して、簡潔な文章を論理的につないでいて。
どことなく東野圭吾さんの文章にも似ているような気がしました。
つまりは、非常に読みやすい文章だってことです。


肝心のストーリーの方ですが、帯にもある「多重どんでん返し」の言葉通り、一度明らかにされたかと思った真相が必ず一度は覆され、思わぬところに話が落ち着く。
そういう構成の6つの短編が収められたミステリ短編集です。
各話は事件の関係者は毎回異なりますが、探偵役だけは共通しています。
そのため連作短編集という形になっていますが、少し残念だったのはこの探偵=嶺原克哉にあまり感情移入できなかったこと。
これは北川さんの抑えた文体が原因になっているような気がします。
一応嶺原のプロフィールについては説明がなされているものの、ただ黙々と探偵の仕事をこなし、淡々と謎解きをしているだけのように思われるんですよね。
嶺原の心理状態にまで踏み込んだ描写があれば、彼の性格が伝わってきてもう少し感情移入できたのかも。
特にこの短編集で描かれている6つの事件は、どれも親子関係がキーワードになっている事件ばかりなので、少しは感傷的になる場面があってもよかったのになと思いました。
そういう感情面や人物描写面では少々不満も残りましたが、どんでん返しは確かに楽しめました。
どの事件でもいくつかの可能性が推理として示されるので、どれが正解なのだろうと自分でも推理しながら読んでいくのは、ミステリ好きな私としては楽しかったです。
6つの作品の中では、個人的には「警告」のラストが印象に残っています。
それから、表題作「天使の歌声」。
この「天使の歌声」だけは他の作品とちょっと構成が異なっていて新鮮でした。
事件の真相は嫌なものでしたが、結末としてはそれなりにハッピーエンドと言えるもので、後味も良かったです。


派手さはありませんが堅実なミステリ短編集だと思います。
☆3つ。