tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『打ちのめされるようなすごい本』米原万里

打ちのめされるようなすごい本

打ちのめされるようなすごい本


2006年5月にがんで他界した著者の、『週刊文春』に連載された渾身のがん闘病記である「私の読書日記」と、1995年から2005年までのほぼ全ての書評を収録する。井上ひさしによる解説付き。

上記の紹介文にある「渾身のがん闘病記」というのはちょっと違う気がするけれど、いやはや、タイトル通りがつんと来るすごい本でした。
いや、このタイトルの「すごい本」というのは米原さんがその膨大な読書量の中で出逢った本のことを指しているのですが、私自身がこの本に打ちのめされるかのようでした。


米原万里さんはロシア語会議通訳の第一人者として有名な方です。
膨大な知識量を必要とされる職業柄当たり前のことではありますが、1日平均7冊という並々ならぬペースで古今東西、堅い本からゆるい本まで、ありとあらゆる本を読みまくる日々を綴った読書日記と、さまざまな雑誌や新聞に掲載された書評を網羅した本です。
本当の読書家とはこういう人のことを言うのですね。
貪欲な知識欲と好奇心で大量の本を読み、大量の知識を吸収していく米原さんの姿には圧倒されるものがありました。
もちろんこれだけたくさんの本を読んでいれば、中にはくだらない本もたくさんあることでしょう。
そんな本に対しては鋭い棘を持つ言葉でズバリと斬り込みます。
もともと毒舌で知られる米原さんですが、「日本は米国の属領」と言い切り、小泉前首相やブッシュ大統領を歯に衣着せぬ物言いで批判する文章は読んでいて痛快で、非常に気持ちがよかったです。
米原さん自身も本書で述べておられますが、人や物事を批判する文章を書くのは実は褒める文章を書くより難しいもの。
ズバズバとした物言いでありながら不快感を読者に抱かせない(中には不快に思う方もいらっしゃるでしょうが…)米原さんは超一流の批評家であり物書きなのだと思います。
批判の際の文章は切れ味鋭いものですが、褒める時は手放しで絶賛するそのメリハリのよさもこの気持ちよさのひとつの要因でしょうか。
そんな本書からは引用したい箇所がたくさんあるのですが、あまりにもたくさんありすぎて収拾がつかなくなりそうなのでやめておきます。
だけどやっぱり1箇所だけ。
米原さんの毒舌は私自身に対しても牙を剥きました。

愚見ではインターネットに公開される日記には退屈な日常をだらだらと緊張感のかけらもない心情吐露を交えて独り善がりに綴った「ゴミ」が多い。


496ページより

むぐぅ。
ご、ごめんなさい…(汗)


読書日記で取り上げられる本は、後半がん治療に関する本が次第に増えていきます。
最後の読書日記が、あるがん治療法に対して「効く人もいるのだろうが、私には逆効果だった。」という一文で終わっているのがなんとも切ない。
書評界は、いや日本という国は、本当に惜しい人を亡くしてしまったのだとあらためて思いました。
読書好きならこの本一冊読むだけで次から次に読みたい本が増えていき、うれしい悲鳴を上げることになること請け合い。
また、通訳を目指している方にもお薦め。
米原さんの語学力の高さは「帰国子女だから」ではないということがよく分かります。
本が好きな者として、語学が好きな者として、強く心地よい刺激をもらうことができた素晴らしい本でした。
☆5つ。
限りある人生の中でも、読みたい本を読みたいだけ読める時間は実はかなり限られているのかもしれない。
私も限りある時間を大切にして、少しでも多くの素晴らしい本と出逢えたら…と思います。