tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『しゃべれども しゃべれども』佐藤多佳子

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)


俺は今昔亭三つ葉。当年二十六。三度のメシより落語が好きで、噺家になったはいいが、未だ前座よりちょい上の二ツ目。自慢じゃないが、頑固でめっぽう気が短い。女の気持ちにゃとんと疎い。そんな俺に、落語指南を頼む物好きが現われた。だけどこれが困りもんばっかりで…胸がキュンとして、思わずグッときて、むくむく元気が出てくる。読み終えたらあなたもいい人になってる率100%。

この春に国分太一さん主演で映画化されて、話題になった作品。
…を、今頃読む私(^_^;)
実はこの本の購入自体はだいぶ前でして…ちょっと寝かせすぎちゃったなぁ。
読み終わったら俄然映画も観たくなっちゃって、でももう公開終わってるしで、もうちょっと早く読めばよかった…!と少々後悔。
ま、DVDを待ちます。


『黄色い目の魚』とはちょっと毛色の異なる作品ですが、やっぱり佐藤多佳子さんはうまい。
まず文章が読みやすくて面白い。
落語が題材で、語り手が落語家だからということもあるだろうけど、とても軽妙で、でも軽すぎなくて、ポンポンとリズムよく繰り出される言葉がすんなりと頭に入ってくる。
ユーモアも適度に効いていて、切ない場面ではちゃんとしんみりさせてくれて、喜怒哀楽の感情が豊かな、読んでいてとても心地よい文章。
読書って楽しいなぁと、実感させてくれるような文章です。
そして、人物造形がまた素晴らしい。
特に私は主人公の落語家・三つ葉がかなり気に入りました。
本人は自分のことを「粗雑で気が短い」と評していますが、古典落語を初めとして日本の伝統的な文化や粋なものが大好きで、噺家としての壁にぶつかり悩みながらも、図書館に通ったりして熱心に勉強する三つ葉は、きっと根はとても優しくて真面目な人なんだと思います。
普段からいつも祖父の形見の着物を着ているというのもいいなぁ。
そんな三つ葉のところにひょんなことから落語を習いに来ることになった良、十河、村林、湯河原もまたいい。
緊張すると吃音が出たり、他人との間に壁を作ってしまって鋭いナイフのような言葉しか口に出せなかったり、東京暮らしなのに関西弁が抜けなくて学校でいじめられたり、普段は毒舌なのに仕事の野球解説では言葉が出てこなかったり、と4人は皆それぞれ「言葉」に問題を抱え、それゆえに人との関係を上手く築けず、つまずいてばかりいます。
彼らに落語を教える三つ葉でさえ、話すことを仕事にしているとは言っても、本業の落語では「他人のものまね」と言われ、どんなに熱心に勉強し、練習しても、なかなか自信を付けられずにいるし、恋愛においても大好きな女性を前にすると上手く言葉が出てこず、なかなか食事に誘うことすらできないでいる。
こうした彼らの姿には誰しも少なからず共感できるところがあるのではないでしょうか。
言葉って本当に難しいものだから。
しゃべりすぎてもいけないし、しゃべらなすぎてもいけない。
「言わなければよかった」と思うことも、「言えばよかった」と思うこともある。
誰もが、言葉の問題と、それにつながる人間関係やコミュニケーションの問題には日々悩んだり考えたりすることがあるでしょう。
私自身、話すのが苦手なタイプなので、この作品の登場人物たちの不器用さは他人事とは思えず、かなり感情移入してしまいました。
でも、大事なのは言葉だけじゃないのですよね。
言葉にならないことだって、人間関係には必要なのですよね。
沈黙で人と人とが繋がることだってできる――そう教えてくれた作品でした。


言葉が足りなくても、届かなくても、とげを持ってしまっても、笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだりしながら周りの人と日々を過ごせるなら、少しずつでも人の輪を広げることができるなら、それだけできっと幸せ。
ほんのり優しく暖かなラストシーンに、心がほっこり癒されました。
☆5つ。


『卵の緒』に続き☆5つレベルのよい本を読めて幸せだなぁ。
この幸せな気分のまま、本日めでたく発売の「あの作品」を読み始めます。
少し時間がかかりそうなので、しばらく更新が途絶えがちになるかも。
悪しからず。