tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『生まれる森』島本理生

生まれる森 (講談社文庫)

生まれる森 (講談社文庫)


失恋で心に深い傷を負った「わたし」。夏休みの間だけ大学の友人から部屋を借りて一人暮らしをはじめるが、心の穴は埋められない。そんなときに再会した高校時代の友達キクちゃんと、彼女の父、兄弟と触れ合いながら、わたしの心は次第に癒やされていく。恋に悩み迷う少女時代の終わりを瑞々(みずみず)しい感性で描く。

島本理生さんの作品は、透明感があって優しくて素直で読みやすいと思います。
何度か芥川賞候補になっているので純文学系の作家という印象があるかもしれませんが、飾り気のない流れるような文体で、題材も分かりやすいものが多いので、普段大衆文学しか読まないという人にもおすすめできます。
江國香織さんあたりが好きな人ならきっと気に入るんじゃないかな。


さて、今回読んだ『生まれる森』はちょうど読みやすい長さの中編小説でした。
主人公は失恋で心が壊れてしまった女子大生。
心の傷を引きずる中、高校時代の女友達・キクちゃんに誘われて、彼女の家族と一緒にキャンプに出かけます。
それがきっかけでキクちゃんの兄・雪生さんとの交流が始まります。
このキクちゃんと彼女の家族たちがみんな素晴らしい。
母を失った子どもたちをいきなり1ヶ月学校を休ませてタイへ連れて行ったガテン系のお父さん。
優しく真面目で落ち着いた雪生さん。
明るく開放的で友達思いのキクちゃん。
バンド活動に打ち込むはにかみ屋の中学生の弟・夏生君。
この家族もつらい過去を背負っているのですが、それゆえなのか主人公への接し方が、近づきすぎず遠ざかりすぎず絶妙な距離で思いやりを持って接しているのがいいなと思いました。
40代の予備校講師との恋と破局、そしてその後の無鉄砲な行動の結果としての妊娠中絶…心に深い傷を持ち、今にも崩れ落ちそうな危うさを持った主人公ですが、こんな素晴らしい人たちに見守られている彼女は実はとても幸せなのではないでしょうか。
そして、彼女が癒されている過程を読む読者の方も癒してくれるような小説だと思います。
重苦しいテーマもはらんでいますが、つらい部分、痛い部分はオブラートに包んだような優しい描写で、安心して読めます。
何より、心の傷を抱いたまま、なかなか暗いトンネルから抜け出せない状況にある主人公を責めるでもなく、ゆっくり再生していけばいいんだよ、と優しく見守るような作者の書きぶりは、誰にとっても励ましになるのではないかと思います。
ちょっと疲れたな、と思っている人はこの作品に癒しを求めてみてはいかがでしょうか。
☆4つ。


ところで、どうでもいいことかもしれないけど、何度か「暖かなコーヒー」という表現が出てきたのがちょっと気になりました。
普通「温かなコーヒー」って書かない?
複数回出てきたってことは誤植ではないんだろうしなぁ。
う〜む。