tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『双頭の悪魔』有栖川有栖

双頭の悪魔 (創元推理文庫)

双頭の悪魔 (創元推理文庫)


他人を寄せつけず奥深い山で芸術家たちが創作に没頭する木更村に迷い込んだまま、マリアが戻ってこない。救援に向かった英都大学推理研の一行は、大雨のなか木更村への潜入を図る。江神二郎は接触に成功するが、ほどなく橋が濁流に呑まれて交通が途絶。川の両側に分断された木更村の江神・マリアと夏森村のアリスたち、双方が殺人事件に巻き込まれ、各々の真相究明が始まる…。

有栖川有栖さんのミステリは、なんと言ってもバリバリの本格っぷりが楽しい。
特にこの「学生アリス」シリーズは、作者自身が謎と真剣に向き合い、楽しんで執筆していることが伺えて、うれしくなります。
その結果なのか、シリーズ3作目の『双頭の悪魔』にはなんと3度も「読者への挑戦状」が挿入されるという気合の入りよう。
私は「読者への挑戦状」があるミステリが好きですが、悲しいことに真相を見抜けることはほとんどありません。
ですが、今回は3つあるうちの2番目の挑戦状だけ、答えが分かりました。
この謎は比較的簡単だったと思うので、おそらくほとんどの読者が真相に達することができるのでしょうが、それでもとてもうれしかったです。
こうして時に読者を喜ばせてくれるのも、有栖川さんの心優しいサービスなのでしょうか。
一番最後に明らかになる真相はそれほど驚かされるものではありませんでしたが、タイトルの「双頭の悪魔」の意味が最後の最後になって生きてくる構成はさすがのものだと思わされました。


そして、この「学生アリス」シリーズの謎解き以外の醍醐味は、その青春小説としての側面にあります。
作者の母校・同志社大学がモデルと思われる英都大学の推理研究会に集まるアリス、江神さん、望月、織田、そして紅一点のマリアが繰り広げる珍道中と他愛もない会話と謎解きは、社会人になって何年も経った私の心にも懐かしい大学時代の思い出をよみがえらせてくれます。
作者自身が過ぎ去りし大学時代を懐かしみながら書いているのでしょう、少し青臭くて、少しほろ苦くて、少し切なくて…。
ミステリとして以前に青春小説としての完成度が高いからこそ、このシリーズはいまだ3作しか発表されていないにもかかわらず、根強い人気を誇っているのでしょう。
アリスとマリアの間にある、深い友情のような恋心のような、この年頃ならではの複雑で微妙な感情もうまく描かれていますし、心優しく少し影を背負った探偵役・江神さんのかっこよさも際立っています。
青春時代のノスタルジーと登場人物たちの魅力は、読者の心を捉えて離しません。


舞台が自然豊かな場所ということもあり、風景描写も美しく、芸術に関する薀蓄や奇妙な芸術人たちの生態もなかなか楽しく読めました。
☆4つ。
で、有栖川さん、「学生アリス」シリーズは5部作だというお話ですが、一体4作目はいつ出るのですか!?