tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『月の扉』石持浅海

月の扉 (光文社文庫)

月の扉 (光文社文庫)


沖縄・那覇空港で、乗客240名を乗せた旅客機がハイジャックされた。犯行グループ3人の要求は、那覇警察署に留置されている彼らの「師匠」を空港まで「連れてくること」。ところが、機内のトイレで乗客の一人が死体となって発見され、事態は一変―。極限の閉鎖状況で、スリリングな犯人探しが始まる。

先週に引き続き、今週もほとんど本が読めず、今日やっと休日で時間が取れたので一気に読んだのがこの作品。
なんと言うか、とても個性的なミステリでした。


ハイジャック中の飛行機内という、ある意味究極の密室状態(犯人グループが武器を持って乗客たちを監視していて、外部からの突入も不可能な状況)で起こる殺人事件…がこの作品の肝なのかと思いきや、やっぱり主眼はハイジャック事件の方なのかな。
殺人事件とハイジャック事件、2つの事件が同時進行していき、一体どのような展開になるのか気になってページを繰る手が止められませんでした。
状況設定と、効果的な場面転換が非常にうまい作家さんだなぁと感じました。
謎解きもなかなか楽しめました。
ハイジャック事件の方の犯人グループが殺人事件の方では探偵役に回るのかと思いきや、犯人グループに選ばれた飛行機の乗客のうちの一人が探偵役になるというのが面白かったです。
そのことがハイジャック事件の方にも大きな影響を与えるんですね。
座間味島のロゴ入りTシャツを着ていたからという理由で「座間味くん」と呼ばれ、本名さえ作中では明らかにされない脇役の探偵でありながら、とても大きな存在感を持った登場人物で印象的でした。
普通ミステリでは探偵役は主役かそれに近い存在のはずなのですが、ハイジャック事件の人質という被害者側の人物が脇役のまま事件を解決してしまうというのはなかなか珍しいのではないでしょうか。
殺人事件の密室の謎も非常にロジカルで、本格ミステリとして十分楽しめるものでした。
ですがこの作品の見せ場はやはりラストのハイジャック事件の結末なのでしょうね。
非常に幻想的で、悲劇的な結末でした。
ちょっと涙腺に来ましたよ…。


ただ残念だったのは、ハイジャック事件の犯人たちの「師匠」のカリスマ性に、いまいち説得力がなかったことでしょうか。
心に傷を負った子どもたちを立ち直らせるキャンプを主催し、多くの子どもたちを癒し、救ってきた「師匠」。
別段心に響く演説をするとか、何か神がかり的な超能力のようなものを持っているというわけでもなさそうなのに、いとも簡単に人の心を惹きつけるというその「師匠」のすごさ、素晴らしさが、どうにも私には想像がつきませんでした。
本当にこんなカリスマ性を持った人物というのがいるのか?と。
だから、ハイジャック事件の「動機」もいまいち分かったような分からないような、あいまいな感じが残ったまま物語が終わってしまい、なんだか作者と登場人物たちに置いて行かれてしまったような感じ…。
ハイジャック事件の犯人たちが深い傷と悲しみを背負った状態で「師匠」に出会い、その存在に救われていく過程をもう少しじっくり書いていれば、もっと物語に説得力を持たせられたのではないかと思います。


それでも全体的には目新しい感じのする独特なミステリで、なかなか面白かったです。
石持さんの他の作品も読んでみたいと思いました。
☆4つ。