tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『黄色い目の魚』佐藤多佳子

黄色い目の魚 (新潮文庫)

黄色い目の魚 (新潮文庫)


海辺の高校で、同級生として二人は出会う。周囲と溶け合わずイラストレーターの叔父だけに心を許している村田みのり。絵を描くのが好きな木島悟は、美術の授業でデッサンして以来、気がつくとみのりの表情を追っている。友情でもなく恋愛でもない、名づけようのない強く真直ぐな想いが、二人の間に生まれて―。16歳というもどかしく切ない季節を、波音が浚ってゆく。青春小説の傑作。

先週は何かとバタバタしていて、なかなか本を読む時間が取れませんでした。
そんな中で細切れの時間を使って少しずつ読み進めていた本がこの『黄色い目の魚』。
高校生の話し言葉で書かれた文体は程よい軽さで心地よく、細切れ短時間読書にぴったりでした。


この小説はすごくいい。
でも、どういいのか、説明するのはとても難しい。
とにかく、何も言わずに一度読んでみて、としか言えないのですが、それでも無理やりにでも端的に感想を書くならば。
恋をするっていいなぁと思った。
…え、ありがち!?(笑)
絵を描くことが大好きな少年と、絵を見ることが大好きな少女が出会って、迷ったり悩んだり立ち止まったり突っ走ったり背伸びしてみたりしながら、少しずつ少しずつお互いへの気持ちを「恋」に育てていく過程が本当によく描けています。
出会ってすぐに恋に落ちたという二人ではないからこそ、お互いのよくない部分もよく分かっていて、それでも相手から目が離せなくて…。
こんな関係、理想的じゃないですか。
お互いの長所も短所も認め合える関係を誰か(性別は関係なく)と築くのは、大人でも難しいことだと思います。
でも、本書の主人公の少年少女は、16歳という若さでありながら、紆余曲折を経ながらも自然体でそれを成し遂げてしまいました。
あるいは若いからこそ、または家庭にいくぶん問題を抱える彼らだからこそ、それが可能だったのでしょうか。
若いが故に彼らが持つ悩みも共感を持てるものでした。
特に悟が「自分の限界が見えそうで怖くて、マジになれない」というのはすごくよく分かるような気がしました。
たぶん誰にでもそんな時期はあるんじゃないのかなぁ。
「そんな時期」を乗り越えられた時、人は大きく成長するんですよね。
悟もそうで、「マジになること」から逃げていた彼が恐怖感を克服した時は、文章だけなのにひとまわり大きくなった少年の姿が見えるような気がしました。
…若いっていいね(笑)
あと、舞台が湘南というのもいいですね(行ったことないけど)。
行きたいと思った時にいつでも行ける距離に砂浜のある海があるというのはうらやましい。
やっぱり青春と恋には海が似合うとつくづく思いました。


森絵都さんの描く青春より「痛さ」が控えめで(私は森絵都さんの「痛い青春」も好きですが)、老若男女誰にでも読みやすい青春恋愛小説ではないかと思います。
最初に書いたとおり、まずは何も言わずに読んでみてください。
☆5つ。
現在『一瞬の風になれ』が第4回本屋大賞にノミネートされている佐藤多佳子さんですが、今回初めて佐藤さんの作品を読んでぜひ受賞して欲しいと思いました。