tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『わが身世にふる、じじわかし』芦原すなお

わが身世にふる、じじわかし (創元推理文庫)

わが身世にふる、じじわかし (創元推理文庫)


ある日、庭先で好物のデビラ(※)を叩いていると、ニューヨーク研修帰りの河田警部が半年ぶりにやって来た。例のごとく、夕飯時という絶妙なタイミングでやって来る。自分で解決できない難事件を、ぼくの妻に解かせようという魂胆だ。高名な詩人が謎の詩を残して殺害された事件や、ニューヨーク時代にわざわざ国際電話をかけてきた事件など、不可思議な6編を収録。讃岐料理や郷土料理で彩られた《ミミズクとオリーブ》最新作。


※瀬戸内海で獲れるカレイの一種。デベラと呼ぶ地域もある。干物にして、食べる前に叩いてから炙って食す。

上のあらすじは東京創元社ホームページの書籍紹介から引用させていただきましたが、「デビラ」の解説がなんかいいなぁと思ったので注釈もそのまま使わせていただきました♪
このちょっと不思議なタイトルの作品は、「ミミズクとオリーブ」シリーズ第3弾にあたり、東京創元社のミステリ専門誌「ミステリーズ!」で連載されていた短編を6篇を収録したものです。


「ミミズクとオリーブ」シリーズは、香川県出身の作家とその妻、親友の河田警部が郷土のさまざまなおいしいものを食しつつ厄介な事件の謎を解くというミステリです。
といってもミステリとしてはライト級と言わざるを得ないかもしれません。
真相が明らかになって大いに驚かされるというようなことは、このシリーズでは皆無でしょう。
ですが、このシリーズはそんなものが売りではないからいいのです。
長年連れ添ってもいつまでもお互いに対する愛情を失わない、読んでいるこっちが照れくさくなってしまうような仲むつまじい主人公夫婦。
料理上手な奥様が食卓に並べるおいしそうな香川の郷土料理の数々。
主人公(「ぼく」)と河田警部の軽妙な漫才のような会話。
河田警部の話を聞いただけでするりと事件の謎を解いてしまう奥様の見事な推理力。
そういった魅力的な要素が読みやすい長さの短編の中にぎゅっと凝縮されて詰め込まれていて、ついつい引き込まれてしまいます。


今作は、前作『嫁洗い池』のラストで1年間のNY警察での研修を終えて河田警部が帰ってきたところから始まります。
アメリカから帰ってきても、河田警部は相変わらず大食漢で大酒飲み。
しょっちゅうあちこちの警察署に異動になっているのも変わっていません。
主人公との軽妙なやり取りは、馬鹿馬鹿しいと思いつつも思わず笑ってしまいます。
このシリーズを通して決して変わることのないこのおなじみの設定がファンには何よりもうれしいですね。
河田警部が持ち込んでくる事件にはけっこうえげつないものも多いのですが、それでもほんわか暖かい空気に満ちた、ユーモアあふれる作品に仕上がっていて、読後感がよく万人におすすめできる作品です。
今作では表題作の「わが身世にふる、じじわかし」が少し切ない雰囲気のラストで一番よかったかな。
このタイトルの意味は、ぜひ作品を読んで確かめていただきたいです。
☆4つ。