tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『卒業』重松清

卒業 (新潮文庫)

卒業 (新潮文庫)


「わたしの父親ってどんなひとだったんですか」ある日突然、十四年前に自ら命を絶った親友の娘が僕を訪ねてきた。中学生の彼女もまた、生と死を巡る深刻な悩みを抱えていた。僕は彼女を死から引き離そうと、亡き親友との青春時代の思い出を語り始めたのだが―。悲しみを乗り越え、新たな旅立ちを迎えるために、それぞれの「卒業」を経験する家族を描いた四編。著者の新たなる原点。

涙、涙の1冊。
いやこれ、ある意味反則でしょ。
「卒業」なんてストレートなタイトルで、題材が「親の死」なんて、泣けないわけないじゃない。
でも、いわゆる「死にネタ」でも、悲しい辛い涙じゃないんです。
ああ、よかったねって、ほっとした気持ちで流す、あたたかい涙を誘う4つの短編が収められています。


まず1作目の「まゆみのマーチ」からすでに涙が止まりませんでした。
というかこれを読んでいる最中にもう「この本は☆5つ!決定!!」って決めてましたからね(笑)
入学式の最中だろうが授業中だろうが歌を歌わずにはいられない小学生の女の子・まゆみ。
そんな彼女の「歌」に手を焼いた教師による「指導」をきっかけに、歌えず、歩けず、学校に行けなくなってしまったまゆみに寄り添い、すべてを包み込むように受け入れたまゆみの母の深い愛情が心に染みます。
特にこのくだりが心に残りました。

母は決して、まゆみの先を歩いたりはしなかった、という。
「ずーっと、うちと並んで歩いてくれたんよ。うちが途中で歩けんようになったら、おかあちゃんも立ち止まって、うちがまた歩きだすまで、並んで待ってくれてた」


86ページ 3〜6行目

子どもの前を歩いて、その背中で大人として「手本」を見せてやることも、立派な教育のひとつの方法だと思います。
でも、いつもそれがうまくいくわけではない。
傷ついて、自信を失って、まっすぐ顔を上げることのできなくなった子どもには、前を歩く大人の背中は見えないのだから。
まゆみの母は、大学も出ていないし教員免許も持っていないけれど、それでも立派な教育者のひとりだったのだと思います。
タイトルにもなっている、まゆみに母が歌って聞かせた「まゆみのマーチ」というオリジナルの歌…これがまた泣かせてくれます。
私はこの作品がこの本に収録されている4作の中で一番好きです。


ですが、もちろん他の3作も感涙もの。
「あおげば尊し」における、教職一筋に生きた元校長の、最期の瞬間まで教師であり続けた姿に胸を打たれ、表題作「卒業」における、大切な人に自殺された人たちの苦しみと深い悲しみに涙し、「追伸」における、主人公の「2人の母」からの手紙にそれぞれの「母の愛情」を見出し…。
特に一番泣けたのは、「追伸」の初めの部分にある、病気で亡くなった主人公の「生みの母」が遺した日記でした。
幼い子を遺して死んでいくまだ若い母親の悲痛な叫びがたまりません。
でも…そんな悲しい別れも、いつしか乗り越えて、苦しみ悲しんだ日々を懐かしく振り返ることのできる日は来る。
「いつか思い出に変わる」―その点で人の死は「卒業」と同じなのだと、そう考えれば、いつか来る「卒業」の日を後悔なく迎えることができるように、今を一生懸命生きていこうと思えるのではないかと思いました。
ファーストインプレッション通りの☆5つ。