tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『動物園の鳥』坂木司

動物園の鳥 (創元推理文庫)

動物園の鳥 (創元推理文庫)


春の近づくある日、僕・坂木司と鳥井真一のもとを二人の老人が訪ねてきた。僕らの年上の友人でもある木村栄三郎さんと、その幼馴染みの高田安次朗さんだ。高田さんがボランティアとして働く動物園で、野良猫の虐待事件が頻発しているという。動物園で鳥井が掴んだ真実は、自身がひきこもりとなった出来事とどうつながるのか――。はたして鳥井は外の世界に飛び立てるのか、感動のシリーズ完結編。鳥井家を彩る数々の家庭料理をご自宅で作れる、簡単レシピ集「鳥井家の食卓」など、文庫版おまけ付き。

『青空の卵』『仔羊の巣』に続く、坂木司さんの「ひきこもり探偵シリーズ」3作目。
ついに物語は完結のときを迎えました。
今回は動物園で起こった野良猫虐待事件を軸に、坂木と鳥井の2人が深い心の傷を負うことになった中学時代のいじめ事件の記憶が呼び起こされていきます。
シリーズ1作目では完全にひきこもっていてほとんど安楽椅子探偵状態だった鳥井ですが、今回は1作目と比べると驚くほどに外へ出て実際に「現場」で事件を調べています。
ですが、それは親友の坂木という「杖」がそばにいてくれてこそのこと。
相変わらず坂木が一緒でなければ外出も日常生活もままならない鳥井ですが、さて、物語の最後に、彼は新たな世界への扉を開くことができるのでしょうか―。


…とこれは実際に本書を読んでのお楽しみということで。
今回印象に残ったのは、ちょうどニュースで話題になっているということもあって、いじめについての話でした。
鳥井が登校拒否からひきこもりに至るきっかけとなったのが、中学時代に受けたいじめでした。
坂木はそのいじめから鳥井を救ったことがきっかけで鳥井と仲良くなるのですが、実際には鳥井がいじめられている姿を見て、クラスメートが暴力を振るう姿を見て、坂木自身もひどく傷ついていました。
そんな二人が、今回の事件を調べる途中で、いじめを主導する存在だった谷越と10数年ぶりに再会します。
やはりお互いに嫌悪感を覚える3人。
鳥井が谷越の「悪い部分」を指摘し、谷越も鳥井と坂木の「気に入らない部分」を指摘することで、3人は平行線のままながらも一応過去のいじめ事件にそれぞれなりの決着をつけます。
我が道を行く鳥井以上に、「できれば全員と仲良くしたい」という坂木のようなタイプの人にとって、この世はきっととても生きにくいだろうなと思います。
世の中には常に誰かの悪意があふれていて、中には野良猫を虐待するのと同じ感覚で仲間であるはずの人間をいじめることのできる人間もいるのです。
子どもの頃から「人をいじめるような嫌な人や相性の悪い人とは別に無理に付き合う必要はない」と変に悟りきっていた(!?)私のような人間にとって、坂木のような「みんなと仲良くしたい」人はある意味尊敬に値するのですが(笑)、同時に心配にもなってしまいます。
ですが、谷越が当時どのような考えから鳥井をいじめていたのかを知った坂木は、「いつかわかりあえるかもしれない」から「手をのばし続け」、「関わり続けよう」と考えるようになります。
20代後半という年齢に達したからこそ達することのできた結論かもしれませんが、できれば中学時代にこの「答え」にたどり着くためのヒントを親や教師など周りの大人が提示することができていたならば、坂木も鳥井も、10数年にもわたって心の傷を抱え続けなくて済んだのではなかっただろうかと思うと、なんともやるせない気持ちになります。
残念ながらこれが今の日本の「いじめ事情」の現実だと思います。


坂木と鳥井以外のおなじみのメンバーももちろん登場しますので、シリーズを通して読んできた人には楽しめると思います。
特におじいさん二人がいい味を出しています。
いじめという重いテーマが中心になってはいますが、物語はそれほど暗くならず、相変わらず弱い者への優しい視線と思いやりに満ちた心癒される作品に仕上がっています。
☆4つ。


ところで。
物語冒頭に鳥井が坂木たちに振舞う「うどんすき風鍋焼きうどん」に、私はカルチャーショックを受けました(笑)
だって…「鍋焼きうどんなのにつゆが黒くない」とか言ってるんだもの。
う…うどんのつゆが「黒い」!?
ありえないよ、それ…。
っていうかそもそも「うどんすき風鍋焼きうどん」っていうのが意味不明。
確かに入っている具は多少違うかもしれないけれど、うどんすきと鍋焼きうどんって基本的には味は同じだもの。
母に聞いてみたらうどんすきって関西のものなのね。
東京ではそもそもうどんすきなんて食べないのね。
そういや坂木も「鍋用のうどん」を生まれて初めて食べたような描写だったもんね。
ええ〜…うどんすきじゃなくても鍋料理の締めにうどんは基本やろ…。
本当に驚きました(^_^;)
母曰く、「東京のうどんはめっちゃまずいで」。
やっぱり東京には住みたくないなぁ…。