tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『殺人の門』東野圭吾

殺人の門 (角川文庫)

殺人の門 (角川文庫)


「倉持修を殺そう」と思ったのはいつからだろう。悪魔の如きあの男のせいで、私の人生はいつも狂わされてきた。そして数多くの人間が不幸になった。あいつだけは生かしておいてはならない。でも、私には殺すことができないのだ。殺人者になるために、私に欠けているものはいったい何なのだろうか?人が人を殺すという行為は如何なることか。直木賞作家が描く、「憎悪」と「殺意」の一大叙事詩。

思わず背筋がぞくりとするような、底知れぬ悪意を淡々と描いたサスペンスです。
悪意を直接描かず、いくつかの出来事から自然に悪意を感じさせる手法は、どこか『白夜行』を思わせました。


主人公・田島和幸は歯医者を父に持ち、裕福な家庭に生まれ育ちましたが、小学校の同級生である倉持修との付き合いが始まった頃から、さまざまな不幸に見舞われ、大人になってもなお彼に人生を翻弄されます。
そのたびに彼を憎み、殺したいと思う田島ですが、いつも倉持のペースにはまり、うまくはぐらかされては殺意を失ってしまうということを繰り返します。
さて、田島は「殺人の門」をくぐって倉持を殺すことができるのでしょうか…。
というのがあらすじ。
この倉持の持つ、地の底を這ってどこまでも追いかけてくるようなどす黒い悪意に圧倒されてしまいます。
それでいて表面上は親切で義理堅く、人を信頼させる空気を持っている。
役者で、頭の回転が速くて、金儲けが好きで…。
まさに根っからの詐欺師なんですね。
そんな自らの才能(?)を生かしてねずみ講や株取引など怪しげな商売に次々に手を染めていく倉持は、そのたびに田島をも巻き込み、利用します。
詐欺の摘発のニュースなどを見ていると、「なんでこんなのに引っかかるんだ?」と思うようないかにも怪しげでうさんくさい手口が多いですが、結局だまされてしまう人は田島のように根っからのお人よしで、そのくせ「楽して儲けたい」という欲を持った人なんだろうなと思いました。
田島のだまされやすすぎさにはイライラさせられますが、やはりそれ以上にしつこい死神のように気がついたら田島に近づいている倉持の悪意が怖いです。
特に倉持が田島の名前「和幸」を「和辛」と書き間違えるというエピソードにはぞっとしました。
これはやはり、意図的な間違いなのでしょうか…。
倉持の底意地の悪さを漢字一文字で端的に表すエピソードで、うまいなと思いました。


白夜行』や『悪意』が好きな人には楽しめるサスペンス作品だと思います。
ですが作者がもともと意図した主題だったはずの「人はどのようにして殺意を抱き、殺人という行為に及ぶのか?」という点は、倉持の悪意と、田島と倉持の黒い絆の印象の強さに少しかすんでしまったかなという気がします。
それでも、淡々と2人の男の歪んだ関係を描いているだけで大して物語に盛り上がりもないのに、どんどん読者にページをめくらせるその筆力はさすが東野さん、というべきでしょうか。
☆4つ。