tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『仔羊の巣』坂木司

仔羊の巣 (創元推理文庫)

仔羊の巣 (創元推理文庫)


自称ひきこもりの友人、鳥井真一が風邪で寝こんでいたある日、僕、坂木司は同僚から、同期の女性の様子がおかしいと相談を受ける。慣れない探偵役をつとめた僕が導き出した解答は…。また、木村栄三郎さんのもとで出会った男性と地下鉄の駅で見掛けた少年の悩み、そして僕自身に降りかかる悪意の連続、それらの真実を鳥井はどう解明するのか。ひきこもり探偵シリーズ第二弾。

『青空の卵』に続くひきこもり探偵シリーズの2作目。
う〜ん、ひきこもりでありながら人一倍優れた洞察力と推理力で親友の坂木が出合った謎を見事に解き明かしてしまう鳥井ですが、何か前作よりも自己中心的な性格と子どもっぽさが悪化しているような…。
今回の物語は鳥井がひどい風邪を引いて寝込むところから始まりますが、何とか彼を医者へ連れて行こうとする坂木に対し、鳥井は「やだったら、やだ!」と布団の中にもぐりこんで駄々をこねる…といういきなり鳥井の「困ったちゃん」ぶりが全開のシーンが展開されます。
その後も相変わらず乱暴な口調で思ったことをそのまま口に出し、「ひどいことをしたやつは、おんなじことをされても、おかしくない!」という無茶な論理で親友に悪意を向けた人物に対し「仕返し」をしようとしたり…。
これで20代後半なんですからねぇ。
正直、こんな人が身近にいたら嫌だなぁと思ってしまいます。
でも、それこそがひきこもりのひきこもりたるゆえん(?)なのかもしれません。
何らかの原因で人との付き合い方や感情の表し方が子どものそれのまま成長してしまって、だから大人社会の中で上手くいかなくて孤立して、そこにいたくなくなって…。
でもその子どもの部分は社会やさまざまな人間関係の中に入り込んでいろんな経験を重ねないことには大人のそれに成長しないのですから、なんだか悪循環で、もどかしい気がします。
ですが鳥井には親友の坂木という希望があります。
坂木は鳥井にとって社会への窓口です。
坂木が一緒にいれば何とか外に出ることができて、坂木と共に謎解きをすることを通じて確実に交友関係を広げていっています。
本作のラストのほうで、坂木と鳥井が謎解きを通じて知り合った何人かの人物たちと、それぞれの思いや意見や考えを率直に口に出し、ぶつけあうシーンがあります。
このような機会を持つことができるようになったのは、鳥井にとって明らかな進歩でしょう。
今はまだ、自分や坂木が傷つくことを恐れすぎて逆に他の人を傷つけてしまいかねない危うさを持った鳥井ですが、こうしてさまざまな人と出会って、話し合って、感情をぶつけあって、いつか「本当は誰もが傷つくことを恐れて、不安の中を手探りで生きている」ということに気付いた時、鳥井の世界は大きく開かれていくのでしょうね。
坂木がそのときが来るのを望みながらも不安も拭いきれないように、読者にとっても「そのとき」はいつどのようにしてやってくるのか楽しみでもあり、不安でもあります。


ミステリとしては意外性は少ないものの、思わぬところに何気なく伏線が張られていたりしてなかなか楽しめます。
ひきこもり探偵シリーズ最終巻の『動物園の鳥』も年内に文庫化されるとのこと。
次はどのような謎が目の前に現れるのか、そして鳥井はどのような成長を見せてくれるのか、楽しみに待ちたいと思います。
☆4つ。