tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『百万の手』畠中恵

百万の手 (創元推理文庫)

百万の手 (創元推理文庫)


僕、音村夏貴はときどき過呼吸の発作を起こす十四歳。ある日、親友の正哉が目の前で焼死してしまった。どうして…。悲しみにくれる僕の耳に、慣れ親しんだ声が聞こえてきた。死んだはずの正哉が携帯から語りかけてきたんだ!あの火事は不審火だった!?真相を探るために僕は正哉と動き出す。少年の繊細な心の煌めきを見事に描いた青春ファンタスティック・ミステリの傑作。

『しゃばけ』『ぬしさまへ』などの「若だんな」シリーズは読もう読もうとずっと思いつつ未読なので、実は畠中恵さんの作品を読むのはこれが初めてです。
妖怪ものを得意とする畠中さんにとっては、この作品が初の現代ものだとか。
そのせいなのか、ちょっと気負いすぎて空回りしているような印象を受けました。


前半はSFかファンタジーのような展開で、個人的にはかなり好みでした。
主人公は中学2年の少年、音村夏貴。
ある日夏貴は、親友の正哉が家の火事で焼死する現場を見てしまいます。
ところが死んだはずの親友の声が、親友の形見となった携帯電話から聞こえてくるようになり、その日から夏貴は正哉と携帯越しに話をしたりメールを交換したりしながら、正哉が死んだ火事の謎を追い始めます。
この辺りは本当に面白かったです。
死者の声が聞こえ、さまざまなアドバイスをしてくれるというのは、赤川次郎さんの『ふたり』に似てるかな。
親友同士の少年たちの会話はとても軽妙で、楽しく読めます(片方は死んでいるのですが…)
ところが中盤にある事件が起こり、夏貴は今度こそ本当の意味で親友を失ってしまいます。
ここから夏貴を助けてくれる人物が別の人物に変わるのですが、その人物が強烈な印象を持っているために、正哉の印象が一気に薄れてしまうのが非常に残念でした。
夏貴が追う事件がどんどん大きくなっていき、中学生の手には負いきれないものになってしまうので仕方がないのかもしれませんが、せっかく前半部で携帯電話から死んだ親友の声が聞こえるというアイデアが成功していたのだから、そのまま最後までこのアイデアを生かした話にした方が面白かったと思います。
また、後半、急に話のテーマが重くなっていくのに対し、文体が少し軽めなのがどうにもアンバランスに思えました。
生命倫理の問題にまで踏み込んでいるのに、語り口は前半の軽妙さのまま。
この手の重いテーマをはらんだ題材は三人称でちょっと距離を置いた語り口のほうがよかったかもしれません。
前半は夏貴の一人称だからこそSF的展開がうまくいったのですが、それが後半では少し足を引っ張る要因になってしまったような…。
人物描写は上手いし、文章も読みやすいし、題材も悪くはないのに、それらが上手く絡み合わなかったのが残念。
☆3つ。