tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『クライマーズ・ハイ』横山秀夫

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

クライマーズ・ハイ (文春文庫)


1985年、御巣鷹山に未曾有の航空機事故発生。衝立岩登攀を予定していた地元紙の遊軍記者、悠木和雅が全権デスクに任命される。一方、共に登る予定だった同僚は病院に搬送されていた。組織の相剋、親子の葛藤、同僚の謎めいた言葉、報道とは―。あらゆる場面で己を試され篩に掛けられる、著者渾身の傑作長編。

あの日航墜落事故を追うこととなった地元群馬県の新聞社に勤める記者の物語。
2004年本屋大賞第2位の作品です。


作者の横山秀夫さん自身も当時群馬県の新聞社に勤めていたといいますから、事故が起こった時、そしてその後の時の経過の描写はさすがに迫真モノです。
事故の大きさに対する衝撃と、それを世間に伝えるにあたっての悩みや苦しみがありありと伝わってきます。
もしやこの作品は部分的にでも横山さんの自伝的側面があるのでしょうか。
未曾有の事故を目の前にして、悲惨な現場を目にしてきた記者の苦しみも、事故以外の地元の重要な出来事を地元新聞としてどう扱うかという迷いも、大事故や大災害で散った命ばかりが貴いわけではないという葛藤も、すべて横山さんが実際に身を持って体験されたことなのでしょうね。
非常に描写にリアリティがあって、ずしんと胸に響きました。
そして、そういった新聞記者としての感情に、サラリーマンなら誰でもぶつかる組織の壁に対する苛立ちと、自分の子どもとうまく接することができない不器用な父親としての姿と、山に登るという行為における恐怖感と高揚感とが上手く絡み合って、感動的な物語となっています。
横山さんが得意とされている組織内の対立や駆け引きなどの描写には、ここまでドロドロした職場が本当にあるのか?と思いましたが(横山さんの作品を読むといつも思うのですが、「女の職場はドロドロしている」なんてよく言われるけれど、男の職場の方がよっぽどドロドロしてますね)、その一方で事故の被害者が遺した遺書についての記事原稿を読んで編集局に詰めている記者たちの誰もが涙する部分にはこちらもほろりとさせられました。
墜落現場の地元新聞社でありながら、群馬はもともと航路から外れているがゆえに「もらい事故」と考える記者たちがいたという部分にはちょっと悲しくなりましたが、確かに事故現場が遠く離れた場所ならもっと気楽でいられたというのは事実だろうと思います。
私は事故当時まだあまり社会のことに関心を持つような年齢に達していない子どもでした。
日航機墜落事故のことは、ほとんど覚えていません。
けれども、事故よりも以前に発生していたグリコ・森永事件のことはけっこうはっきりと覚えているのです。
それはやはり、毒入りのお菓子が発見されるという内容だったので(ハイチュウはしばらく買わんとこうね、って親に言われたっけなぁ)、子どもにとっても無関係ではない事件だったというのが大きいと思います。
一方の墜落事故は、群馬県という私にとってはかなり遠い場所で起きた事故で、自分に関係のある人が被害者や遺族になったりすることもなかったので、私には「他人事」だったから印象に残っていないのでしょうね。
大人になった今の私なら毎日新聞やテレビの報道を見てショックを受けたり泣いたりするのかもしれませんが、それでもやはり他人事は他人事で、ある程度の時が過ぎれば記憶は薄れるのだと思います。
事故を報道する新聞記者ですらもそれは同じことで、だからこそ自分のやっている仕事が偽善ではないかと苦しまなければならないのでしょう。
自分も同じ立場なら同じ思いを抱くだろうということが想像できて、少し胸が痛かったです。


横山さんの代表作『半落ち』ではかなり物足りなさを感じてしまった私ですが、この作品は最後まで面白く、少しウルウルしながら一気に読めました。
ただ、私が女だからなのかなんなのか、男の職場の人間関係や、感情やプライドのぶつかり合いはちょっと理解しがたいというか、どうしても共感できませんでした。
正直こんな職場勤めたくないです(^_^;)
その部分で乗れなかったがゆえにすっきりと感動できなかったので☆の数は4つにさせていただきます。
主人公・悠木と同じ年(40歳)くらいのサラリーマンの方なら最初から最後まで共感・感動できるのかも…。