tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『春になったら苺を摘みに』梨木香歩

春になったら苺を摘みに (新潮文庫)

春になったら苺を摘みに (新潮文庫)


「理解はできないが、受け容れる」それがウェスト夫人の生き方だった。「私」が学生時代を過ごした英国の下宿には、女主人ウェスト夫人と、さまざまな人種や考え方の住人たちが暮らしていた。ウェスト夫人の強靭な博愛精神と、時代に左右されない生き方に触れて、「私」は日常を深く生き抜くということを、さらに自分に問い続ける―物語の生れる場所からの、著者初めてのエッセイ。

西の魔女が死んだ』などの作品で知られる児童文学出身の作家、梨木香歩さんが英国留学やアメリカやカナダへの旅行中に経験した、さまざまな人種の人たちとの交流について書いたエッセイです。
その中心となるのは、梨木さんがイギリスに留学中に下宿していた家の主人、ウェスト夫人。
このウェスト夫人がなんとも包容力があって、深い愛情と強い信念を持った魅力的な人物なのです。
ウェスト夫人の下宿人たちの中には、正直私だったらとても一緒には暮らせないと思えるような人もいます。
ですが、ウェスト夫人は彼らの理解不能な言動に対して愚痴をこぼしつつも、アジア人であろうがアフリカ人であろうが犯罪者であろうが差別することなく、彼らのあるがままを受け容れるのです。
「理解はできないが、受け容れる」…言うは簡単ですが、そうたやすく誰にでもできることではありません。
しかし、これこそが現代の国際社会に生きる国際人に真に求められる姿勢に違いありません。
その姿勢を何の力みもなく自然に実践しているウェスト夫人にはやはり誰しも影響されてしまうものなのか、ウェスト夫人の家族や友人など周りの人物も、とても暖かいホスピタリティにあふれた人たちばかりなのです。
21世紀になった今も、民族対立や紛争が絶えることはなく、世界は危ういバランスの上に成り立っていますが、ウェスト夫人たちのような人がいる限り、世界はまだまだ大丈夫かもしれないという安堵感と、暖かな感動を得ることができました。


ウェスト夫人だけでなく、著者である梨木さん自身の考え方にも共感するところや学ぶところがたくさんあります。
特に私が興味深く感じたのは、梨木さんのレディ・ファーストに対する考え方でした。
「日本の男性はエレベーターで女性と乗り合わせても、女性を無視して我先にと降りていき文化的洗練度が低い」というよくある意見に対して、梨木さんは「生まれながらにして他者が自分のために何かをしてくれるのが当然と考えている方がおかしい」とばっさり切り捨てます。
なかなか厳しい意見ではありますが、確かにその通りだなと。
ヨーロッパでは女性がドアの前に立てばすかさずその傍にいた男性がさっとドアを開けて女性を通すというような慣習も存在します。
そこまで行くとさすがにちょっと行き過ぎでしょうが、梨木さんは力仕事を男性に頼むことすら「女性の甘えではないか」と厳しい見方をしています。
女性にとって「女性として扱われる」のは気分のよいことで、私も外国滞在中に大きな荷物を持とうとしたところ、男性に「君にそんな荷物は持たせられないよ。重いものを運ぶのは男である僕の仕事だから」と言われた時には大いに感動したものでした(笑)
でも、それを当然のこととして最初から当てにするのはやはり甘え以外の何物でもないでしょうね。
ただ、レディ・ファーストや女性に対する特別扱いといったものにはマナーや気配りの問題も絡んでくるので、なかなか難しいものがあると思います。
男と女は対等であって、どちらかがどちらかを差別したり優遇したりといったことは基本的にはあってはならないと思いますが、例えば男女が一緒に食事に行って、「ここはおごる」と言う男性に対して女性が「女性だからって特別扱いしないで」などと強引に割り勘などにすれば、それは男性の面子をつぶし、プライドを傷つけることにもなってしまうでしょう。
男性に対する甘えはできるだけ排除しつつも、場面に応じてスマートな対応ができる女性になりたいものです。


他にも、人種、文化、生活習慣、歴史、戦争、宗教、思想などなど、さまざまな事柄が洗練された文章で書かれた素晴らしいエッセイです。
真の国際人を目指す人は、ぜひご一読を。
☆5つ。