tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『「英語が恐い」殺人事件』吉村達也

「英語が恐い」殺人事件 (講談社文庫)

「英語が恐い」殺人事件 (講談社文庫)


英語とガイジンに対して強烈な劣等感を抱いている中年社員の福岡竜男が、こともあろうにニューヨーク支社勤務を命ぜられた。しかし彼の精神はパンク、みじめな日本送還となった。やがて彼の周囲で、血まみれの殺人が続発。第一の犠牲者は巨漢の外国人レスラーだった!英語が恐いと感じる人必読のミステリー。

タイトル買いの1冊。
私が読んだのは講談社版ですが、今は版権が移ったらしく光文社文庫から出ています。


タイトルが気になってそれだけで買ってしまいましたが、正解でした。
日本人の「ガイジン」コンプレックス(「ガイジン」「外人」という言葉の持つ問題についてもちゃんと触れられています)と国際コミュニケーション力の不足、英語教育の問題点などを的確に捉え、ユーモアあふれるミステリ小説に仕上がっています。
別に「英語が恐い」とは思わない私ですが(英語で食べていこうとしてるんだし)、非常に共感するところが多々ありました。
特に、この作品の主人公ともいえるプロの家庭教師・軽井沢純子の英語教育に対する考え方が素晴らしい。
英語教育に関わる全ての人が彼女のような考え方を持っていれば、日本人の英語力も少しは改善するかもしれないですねぇ…。
私は「自然な日本語」を無視した、文法的に文章を正しく理解することに主眼を置いた英文和訳を絶対にダメだとは思いません。
今の私にとっては、中学高校で習った英文和訳のやり方がけっこう役に立っているし、英語を自然な日本語に置き換える翻訳はまた英語の理解とは別のレベルにあって、学校教育(特に中学校)で教えるのには無理があると思うからです。
だからといって例えば"Look at those flowers."を「あそこの花を見て」と訳した答案を不正解にする(thoseは「あれらの」と訳さなければならない)のはちょっとおかしいと思いますが。
受験英語に対する過剰な拒否反応から英文法不要論を唱える人もいますが、それも私は賛同できません。
要するに子どもに英語を教える上で大事なのは、英語教員がどれだけ英語を文法や英文和訳(またはその逆)なども含めて「生きた言語」として教えられるかであるからです。
そして、それ以上に大事なのは、本書で軽井沢純子も言っているように、外国人とコミュニケーションする上で必ず必要となる、相手の国の文化や習慣や宗教や国民性などへの理解を身につけさせることだと思います。
小学校からの英語教育の必要性が叫ばれていますが、私は英語力よりも国際理解力を身につけることのほうが先だと思っています。
どんなに早くから英語教育を始めてTOEICなどの資格試験でよい成績を取ることが出来ても、いざ外国人と意思伝達をしなければならないときに、相手の持つ文化を理解せず、敬意も払えないなら、到底十分なコミュニケーションは不可能で、よい人間関係を築くことも出来ないからです。
英語は苦手でも、通訳や翻訳の力を借りるという手があり、それを利用することは恥ずべきことでも何でもありません。
けれども、いかに優秀な通訳者や翻訳者の力を借りても、相手(外国人)の国の状況や文化や宗教について何の知識もないとか、「アメリカ人は陽気で人懐っこいが戦争好きで強欲だ」などといったステレオタイプ的なものの見方しかできないような人は、せっかくの通訳や翻訳も活かすことはできないでしょう。
逆に言えば英語力がなくても(英語に限りませんが)相手に偏見や先入観を持たず、異文化に対する正しい知識と敬意を持っていれば、いくらでも異文化コミュニケーションは可能なのです。
英語力を求める日本人は多いですが、英語力以上に身につけるべきもの、知らなくてはならないことがあることが忘れられがちなような気がします。
もう少し「英語力以外に国際コミュニケーションに必要な力」の重要性が認識され、学校でしっかりと教育が行われていれば、本書に登場する典型的な「英語苦手」人間の福岡竜男もこんな悲劇に見舞われずに済んだのかもしれません。


話がかなりそれてしまったような気がしますが(^_^;)、ミステリとしても意外な真犯人でなかなか楽しめる一冊です。
英語が好きな人も嫌いな人も、外国人にコンプレックスを持つ人もそうではない人も、ぜひ読んでみて欲しいです。
☆4つ。