tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『女たちのジハード』篠田節子

女たちのジハード (集英社文庫)

女たちのジハード (集英社文庫)


中堅保険会社に勤める5人のOL。条件のよい結婚に策略を巡らす美人のリサ。家事能力ゼロで結婚に失敗する紀子。有能なOLでありながら会社を辞めざるをえなくなったみどり。自分の城を持つことに邁進するいきおくれの康子。そして得意の英語で自立をめざす紗織。男性優位社会の中で、踏まれても虐げられても逞しく人生を切り開いていこうとする女たち。それぞれの選択と闘いを描く痛快長編。直木賞受賞作品。

「OL」って微妙な言葉ですよね。
定義づけが難しい。
会社勤めの女性は全員「OL」なんでしょうか。
でも「OL」という言葉を嫌う女性もいるので、あまり他人に対して「OL」という言葉を使うのはためらわれます。
雑誌やテレビなどでの「OL」のイメージは、きれいにお化粧をして、きれいな服を着て、会社でおじ様社員たちにちやほやされて、アフターファイブは習い事やデートや合コンに気合いを入れて、夏休みや正月休みは海外で過ごす…というような華やかなものが多いように思います。
それを念頭において見れば、私は「OL」には到底当てはまりそうもないし、自分の周りを見ても「OLっぽい」友人はほとんどいません。
長引く不況の中で企業が一般事務の女性を新卒採用しなくなったために、「OL」という存在自体が非常に貴重なものになってしまったのかもしれませんね。
この『女たちのジハード』に描かれている「OL」たちは、保険会社の一般職として「お茶くみとコピーとり」に代表される、「キャリアになりそうもない」仕事をしていて、若さと愛嬌を社内に振りまくことのみを期待され、いつまでも結婚しないで会社に残っていると男性たちに疎ましい目で見られる…そういう「OL」です。
はっきり言ってちょっと古臭いというか、時代遅れの感がするのは否めませんね。
今時「お茶くみとコピーとり」だけの女性をボーナスや各種手当ての出る正社員として雇っている企業なんてそうそうありませんから。
私も高校生くらいの時には「お茶くみとコピーとりのOLだけには絶対なりたくない」などと思ったものですが、実際に大学4年で就職活動をした時はバブル崩壊後最悪の求人率だったもので、一般職OLは嫌なんて言っていられるような状態では到底なく、そもそも就職口すらほとんどないという状況でした。
この作品が書かれたのは97年ということですが、そうするとたったの数年で全く女性の(男性もでしょうけど)労働市場は状況が一変してしまったことになります。
それを思うと、なんだか切なくなってしまいました。
お茶くみとコピーとりでお給料がもらえて、ボーナスも各種手当ても有給もあるなんて、そんな素晴らしい仕事、一度でもいいからやってみたかったですねぇ(笑)


タイトルにある「ジハード」という言葉だけを見るとなんだか仰々しい感じがしてしまいますが、実際に作品を読んでみると、性格も目標も生き方もさまざまな女性たちのリアルな姿を描いた、痛快でコミカルで、でもちょっと切ない物語でとても読みやすいです。
個人的には得意の英語を生かせる翻訳者を目指す「紗織」の話が一番共感でき、身につまされました。
私と状況や考え方がとても似ているから。
「英語なんて特技でもなんでもない」―その通りです。
英文科出身で大学卒業後も翻訳学校に通い、「英語しか専門がない」紗織ですが、実際に英語で食べて行こうとすると、その「英語しか専門がない」ということが大きな壁となって立ちはだかります。
他の学科を出ていて英語以外の専門知識を持ちながら、英文科出身者以上の英語力を持っている人は山のようにいます。
だから、英文科出身者が英語で食べていける道は、実はとても限られているのです。
篠田さん、英文科出身者の現実を本当によくご存知ですね。
身近にそういう人がいるのか、よく取材をされたのでしょう。
会社を辞めてアメリカに留学する紗織ですが、日本人留学生がぶつかる問題点や厳しい現実についてもとてもよく描けていると思いました。


留学仲間の男性が家業を継ぐよう求められて志半ばに日本へ帰らなければならなくなったのを見て「男に生まれなくてよかった」と思う紗織にも共感しました。
私も常々そう思っているからです。
男性優位社会は男性にとって有利なように見えて、現実はそうではないような気がします。
本作品の紗織のように退職して留学したり、リサのように条件のよい結婚相手を見つけて優雅なマダム生活を夢見たり、康子のように自分のためだけの「城」を手に入れたり、みどりのようにリストラも逆手にとって出産を果たし主婦としての人脈を生かして将来の起業の準備を着々と進めたり…といった自由で多岐にわたる道が女性にはありますが、男性にはほとんど「働いて妻子を養っていく」という一つの道しか許されないからです。
こうした男女の立場の違いや生き方の違いについて考えるのにもこの作品は最適の一冊です。
また、女性を取り巻く雇用状況が変わっても、働く女性の持つ悩みや迷いはあまり変わっていないようです。
「OL」などという一つの言葉では括れないくらい、人には多種多様な生き方があるということ、悩んだり愚痴ったりする暇があったらとにかく体当たりで何でもやってみることでしか道は開けないのだということを教えてくれる、素敵な本です。
本書の主人公たちと同じように悩んだり迷ったり行き詰ったりしている働く女性はもちろんのこと、これから社会に出て行こうとしている学生さんや、職場の女性の気持ちを理解したい男性の方まで、たくさんの方におすすめしたい秀作でした。
☆5つ(なんか今年になって☆5つ多いなぁ…)