tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『星々の舟』村山由佳

星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)

星々の舟 Voyage Through Stars (文春文庫)


禁断の恋に悩む兄妹、他人の男ばかり好きになる末っ子、居場所を探す団塊世代の長兄、そして父は戦争の傷痕を抱いて―。愛とは、家族とはなにか。こころふるえる感動の物語。

天使の卵』『野生の風』『翼 cry for the moon』などなど、切ない恋愛物語を書かせたら天下一品の村山由佳さんですが、この作品は「切ない」という次元を超えて、もはや痛々しくさえありました。
登場人物はみな同じ家族の一員ですが、それぞれに癒されることのない傷を抱いて生きています。
家族と言えどもお互いに秘密にしておかなければやって行けないことも数多く、共に暮らしていても心が通わないこともあり、時には傷つけあうこともある…。
この作品に書かれている家族はその極端な例かもしれませんが、実際にはどんな家族にも多かれ少なかれ当てはまることではないかと思います。
許されないが忘れられない激しい恋の記憶や、いじめを受けた心の傷や、戦争経験者としての恐怖の記憶や自責の念。
これらは誰もが持っているものではありませんが、誰にでも思い出すたび胸に痛みが走るような心の傷跡は少なからずあるでしょう。
村山さんの文体はやさしく軽やかでありながら、その傷跡を確実に押さえてきます。
だから村山さんの作品はどうしようもなく泣けてくるのです。
兄妹間の禁断の愛、不倫、浮気、家庭内暴力、性暴力、いじめ、戦争など、非常に重いテーマが詰め込まれていますが、そのわりにはかなり読みやすく、ぐいぐい引き込まれます。
村山さんの「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズや『きみのためにできること』など、比較的軽い恋愛小説のファンにとっては、かなり雰囲気の異なる作品なので戸惑うかもしれません。
けれども、村山さんの描きたかったことが非常にストレートに伝わってくる、直木賞受賞作だけあって高水準の作品ですので、ぜひ一度は読むことをお勧めしたい作品です。
惜しむらくはちょっと女性としての立場から物事を捉えすぎかな…ということですが(従軍慰安婦に対する重之の想いとか、男性から見るとどんな風に読めるのでしょうか)、私としてはかなりのめりこめたし、泣けたし、これまでの村山作品の中でも一、二を争う出来だと思いました。
よって☆5つ。