tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ミミズクとオリーブ』芦原すなお

ミミズクとオリーブ (創元推理文庫)

ミミズクとオリーブ (創元推理文庫)


讃岐名物の「醤油豆」。
焼いたカマスのすり身と味噌をこね合わせた「さつま」、黒砂糖と醤油で煮つけた豆腐と揚げの煮物。
カラ付きの小海老と拍子木に切った大根の煮しめ。
新ジャガと小ぶりの目板ガレイ(ぼくらの郷里ではこれをメダカと呼ぶ)の唐揚げ…次々と美味しいものを作るぼくの妻は、なんと名探偵だった!
数々の難問を料理するそのお手並みを、とくとご賞味あれ。

ミステリ好き仲間さんから教えて頂いた本です。
とっても面白かった〜!!


素晴らしい安楽探偵ものです。
その安楽探偵とは、一見おっとりとした箱入り奥様。
どこか抜けていてぐうたらで呑気者の作家であるだんなさんと、都心から離れた八王子の家に暮らしています。
上の作品紹介にもある通り、この夫婦の郷里は香川県。
香川県の数々の名産品を、見事な腕前で料理し、だんなさんやその友人に振舞う合間に(逆?)、不可解な殺人事件や盗難事件の謎を見事に解き明かしてしまう奥さん。
料理も謎解きも、なんとも鮮やかな腕前。
人間の心の機微を非常によく理解しているだけでなく、犬やミミズクとまで心を通わせてしまう。
しかも美人な上に、気配り上手。
だんなさんもその友人も、自分たちが食べてばかりで台所に立つ奥さんに遠慮も気遣いもあったもんじゃないのですが、全く文句も言わず手間のかかりそうな料理を次々に仕上げて男たちに振舞う奥さん。
素敵です。
私だったらキレてるな(笑)
解説の加納朋子さんも書かれているように、こんなお嫁さんぜひ私も欲しいです(爆)


…と、こう書くと奥さんばかりすごい人みたいでだんなさんの影が薄くなってしまいますが、このだんなさんもけっこうすごい人じゃないかと私は思います。
なんと言っても彼は立派な名探偵助手なのです。
安楽椅子探偵の奥さんの指図で彼は現場に出かけて事件を調査してくるのですが、調査するのだって言うほど簡単な仕事ではないと思うのですよ。
細心の注意を払っていなければ、証拠を掴むどころかつぶしてしまうかもしれないのですから。
けれどもこのだんなさんは見事な観察力を発揮します。
そして、家に帰って奥さんにその結果を細かく報告するのですが、これもなかなか難しいことなのではないかと思います。
自分の主観が入ると事実が捻じ曲がって伝わりかねないのですから、客観的に、そして一見関係なさそうな些細なことまで漏らさず、しかも奥さんが推理しやすいように分かりやすくまとめて話さなければなりません。
これはよっぽど記憶力とプレゼン力がなければ不可能なことではないでしょうか?
奥さんの人並みはずれた推理力の陰に隠れてしまっていますが、実はこのだんなさんも奥さんに負けず劣らず「デキル人」なのです。
でも普段はちょっぴり間が抜けているというのもだんなさんのいいところ。
風邪を引いて寝込んだ奥さんにくず湯を作ってあげようとして、間違って小麦粉で、しかも鍋にいっぱい作ってしまうというお話がとてもほのぼのとユーモラスで、このだんなさんらしくて好きです。


ただ、謎解きの方は「あっ」と驚かされるような意外性がないのが残念ではある…かな。
でもそんなのどうでもいいや(笑)
美味しそうなお料理の数々と、素敵な奥様と、憎めないだんなさんがいれば。
また、会話文のテンポが非常によくユーモアにあふれていて心地いいのです。
香川弁や京都弁など方言のアクセントもいい感じ。
殺人事件も扱ってはいますが、北村薫さんの「円紫さんと私」シリーズや、加納朋子さんの「駒ちゃん」シリーズなど、「日常の謎」ミステリと同じ感覚でほのぼの楽しめる佳作です。
ただし夜寝る前に読むのは危険です、お腹が減ってきてしまうから(笑)
☆4つ。