tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『プラナリア』山本文緒

プラナリア (文春文庫)

プラナリア (文春文庫)


乳がんの手術以来、何をするのもかったるい25歳の春香。
この洞窟の出口はどこにある―現代の"無職"をめぐる五つの物語。

山本文緒さんの直木賞受賞作です。
恋愛小説のイメージが強い作家さんですが、この作品は恋愛小説ではありません。
鋭い視点で人間(現代女性?)の本質を描いた作品なのです。


5つの物語を収録した短編集ですが、そのどれもに、無職だったり主婦だったり、あるいは働きたくない女性が登場します。
皆揃いも揃ってどうしようもない馬鹿だったりだらけていたりして、読んでいると「もっとこうすればいいのに」とか「そんなんじゃ駄目だ〜!」とイライラして彼女たちを叱りつけたくなってしまうのですが、でもどこか自分とも似通っている面があるような気がして、なんだか憎めないのです。
表題作「プラナリア」は、乳がん患者であるということが自分のアイデンティティだと言ってはばからない女性・春香の話。
「なぜ働かないのか」と聞かれて「だって乳がんだもん」ともう病気自体は治っているのに明るく答えてしまう彼女は、端から見るととても勝手で現金な人間に見えますが、実は「もう病気のことは忘れたいのに忘れられない」、「がんはなくなったとは言えホルモン治療の副作用で吐き気に見舞われる辛さ、でもそれを理解してくれる人がなかなかいない」といったもどかしさを心の内に隠しています。
その辛さ、家族も恋人も友人もいるのだから、全部ぶちまけてしまえばいいのに、と思うのですが、やっぱりそれができない春香は、本当はとても傷つきやすくてプライドの高い人なのかもしれません。
彼氏に「もう乳がんのことは言うな」と言われても、やっぱり乳がんのことを自分から(しかも明るく)言い出さずにはいられない春香の姿が痛々しく、なんだか切ないです。
こんなふうに、5つの短編全てがなんだかもどかしくて、やるせなくて、痛々しくて、切ないのです。
たとえば「ネイキッド」のバリバリ働くキャリアウーマンだった女性が、離婚と同時に職も失って(夫の会社で働いていたため)から気が抜けたようにだらだらと無職生活を続ける姿。
「どこかではないここ」の、職業ではなく誰にほめてもらえるでもなくいつ終わるでもない主婦という仕事を精一杯こなす女性の姿。
「囚われ人のジレンマ」の大学院生の彼からプロポーズを受けるも、彼に収入がないことから結婚する気になれないOLの姿。
「あいあるあした」の奔放で何を考えているか分からない、まるで働く気のない恋人の女性に振り回される男性の姿。
きっと、多くの人が身につまされるところがあるでしょう。
共感を得られるところが全くないならば、それはきっとその人があまりに幸福で満たされていて優秀な人だからです。
☆4つ。